呼吸

夢の中に落ちてゆくとそこは青い海となって
魚たちの泳ぐ間を私はスーッと手を伸ばして砂の地面に向かって泳いでいく。
降り立つと真っ白な巻き貝を拾い上げてまた海面へと戻る。
ゆらゆらと降り注ぐ日差しが眩しい。
突き破って私は顔を出す。ゆっくりと大きく呼吸を繰返す。
波間を漂ううちに私は巻き貝をなくしてしまったことに気づく。
もう一度潜ろうかどうしようか。なぜかそのとき、とても怖くなった。
海の底が今更怖くなったのか。それとも同じことを繰り返すことなのか。
どうしよう。そこで目が覚めた。


私はベッドの中にいた。真夜中だった。時計を見ると午前3時だった。
なぜか心臓が早鐘のように鳴っていた。
気持ちを落ち着けるために、目を閉じて何回か深呼吸を繰り返した。


そのとき、部屋の中に何かがいる、ということに気づいた。
誰? 同じように呼吸している。
かすかにそれが聞こえる。耳の奥で大きくなって響く。
私は恐ろしくなって呼吸を止めた。まだ、聞こえている。
どこ? 苦しくなって息を吐き出す。
ハアハア。自分の息遣いが聞こえる。
無意識のうちに引き寄せていた毛布を胸のところまで持ち上げた。
寝る前には必ず玄関も窓も戸締まりを確認しているというのに。
いつ、どうやって? それよりも、なぜ?


震えが止まらない。
叫んだら、誰かが来てくれるだろうか。
それを、捕まえてくれるだろうか。
どんな結果を迎えるとしても
それは取り返しの付かないことになる気がした。
まだ早い。もっと、もっと先でいい。


時々、その視線をふっと感じる。こっちを見ている。
動かず、じっと、私のことを見ている。
私は毛布をかぶった。膝を抱えてその中に頭を押し込んだ。
もう何も見えない。何も聞こえない。
このまま朝になるのを待とう。
そうすれば「それ」もいつか消えてくれるだろう。


心臓がバクバクと鳴る。震えも止まらない。
ギリギリギリと体全体が軋むように痛む。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
よっつ、いつつ、むっつ。
ななつ、やっつ、ここのつ、とう。
時間はどれだけ過ぎていっただろうか。
おそらく、3分も経過していないだろう。


…いつのまにか私はまた眠りの中に落ちていった。
同じ、あの海だった。青い色。揺らぐ日差し。魚たち。
私は底の方に向かって泳いでいく。
白い巻き貝を見つけた。私の手からこぼれ落ちたものだ。
拾い上げて、手の中で握ろうとするとそれはボロボロと崩れた。
砂に戻って濁った水の間を流れてゆく。


突然、息苦しくなった。肺が焼けつく。
戻らなければ。空気を呼吸しなくては。
私は海面に向かって手を伸ばす。どこまでも手を伸ばす。
なのにどこまでもがいても、それは近づこうとしなかった。