時限爆弾

こういう話。
40近い男は長距離トラックの運転手だ。
明日から3日間の休みをとれることになったが、夕方、営業所の所長から急に
「運んでほしいものがある」「他にいないので引き受けてほしい」「今すぐ」と言われる。
とりつくしまもなく、一方的に決まる。
伝票を見ようとすると「積み荷のことは聞くな」という。
「向こうに届きさえすれば危険はない」と。
そういえばさっき、営業所に見覚えのない黒いスーツ姿の男を二人見かけて
珍しく所長がペコペコと頭を下げていた。
帯広の営業所から前橋の営業所へ。
既に積み込みは終えていて、着いてから下ろすのは向こうの人間がやる。
なんなら特別手当を少し出してもいいと所長の財布から現金で渡される。
「前橋で2・3日休んでから戻ってきてもいいぞ」
いつもより一回り小さなトラックで、積み荷がさほど大きくないことを知る。
 
男は営業所の裏の自販機でブラックの缶コーヒーを2本買ってトラックに乗る。
ラジオをつける。音楽を聞く。一人きり無言の時間となる。
営業所を出て高速に乗る。単調な時間が続く。日暮れとなる。
函館からフェリーで本州に渡る。
その前にサービスエリアに立ち寄って休憩する。
大型車の駐車スペースに停めてトイレに向かおうとすると
女の子がトラックの運転手に話しかけて断られているのを見かける。
別の運転手に話しかけてまた断られる。
女の子がこちらに向かってくる。
向こうに渡りたい、お金がない、コンテナに隠してくれないかという。
そんなのいいわけがない。男は断る。
「どうしてもですか?」「悪いね、仕事だから」
女の子は10代の終わりぐらいか。肩掛けかばんひとつだけ。
何があったのか。家出してきたのか。
女の子は他のトラックへと向かう。また断られているのを見る。
男は、家出をしてそれっきり家に帰らずトラックの運転手をしている。
そんな自分のことを思う。
 
トイレを出て缶コーヒーを買う。一本ではなく、少し迷って二本。
一本は砂糖とミルクが入ったのを。
先ほどの女の子がベンチに座っているのを見かける。
思いつめて、途方に暮れて。
男は話しかける。コンテナは無理だが助手席に乗って行くかと。
女子は喜んで後を付いてくる。助手席に乗る。
缶コーヒーを二本渡す。好きな方を選ばせる。女の子は甘い方を選ぶ。
これからフェリーに乗ることを伝える。
フェリー代は男が出すから気にしなくていいと。
ただし、雑魚寝になるというと、女の子は受け入れるように頷く。
男は若い頃、家庭というものを持ちたくて何も考えず結婚した。
2・3年で離婚した。
娘が大きくなったら今のこの子ぐらいになっているだろう。
男は自分からは何も話さない。
女の子から聞かれたら簡単に返すぐらい。
どこまで行くのか、とか。トラックの運転手は大変なのか、とか。
 
暗くなっている。トラックをフェリーに乗せて下りる。
3等の席へ。区切られた広間に毛布と枕がある。
男は弁当を二つ買う。ひとつを女の子に渡す。
朝、トラックの前に来てくれればあとは自由に過ごせばいい。
そう言っても女の子は男の側から離れようとしない。
フェリーが港を離れた。
男は何も言わず早々と横になる。女の子もそうする。
男は時折目を覚ます。女の子は眠れないようだ。
次に目を覚ました時、女の子がいない。くしゃくしゃになった毛布だけがあった。
男は女の子を探しに行く。
デッキに出て一人きり海を眺めていた。男は離れたところに立って声はかけない。
戻ろうとすると営業所で見かけた黒いスーツ姿の男を見かける。
後を追ってきていたのか。積み荷の無事を確認するために。
男はこちらに気づいたが何食わぬ顔をして通り過ぎて行った。
 
朝、女の子を起こしてトラックに戻る。
港を出る。高速に乗る。東北道。案外混んでいる。
最初のサービスエリアで休憩する。小さなフードコートで簡単な食事をとる。
どこまで行くのか改めて聞くと、よくわからないことを言われる。
前橋まで行くけど、と言うとだったら前橋まで乗せてくださいと。
東京まで? と聞くともっと先に行きたいという。
そうか、と男は黙っている。
また高速を走る。女の子が助手席でずっと眠っている。
寝返りを打った女の子が男にもたれかかる。
寂しかったのか、男にしがみつく。男は振り払おうとはしない。
 
昼過ぎになって前橋の営業所に着く。
その手前で女の子を下ろしていた。
これで終わりと思っていたら小倉の営業所までそのまま行ってほしいと言われる。
手当は弾むからできれば休憩なしでよろしく頼むと。
腫れ物に触るかのような。これまでそんなことはなかった。
黒いスーツの男はいない。しかしその存在を感じる。
トラックに乗って営業所の敷地を出る。
女の子は入口の側に立っていた。クラクションを鳴らす。
気づいた女の子が走り寄ってくる。
 
小倉に向かって走り出す。
黒いスーツの男がトラックの走りだすのを見守る。
運転手の男と助手席の女の子は積み荷が「ある種」の時限爆弾であることを知らない。