反物語

船旅が続いている。毎朝違う部屋で目を覚ます。
地面が絶えず横にうねるように揺れている。
だからここは海の上なのだと思う。
周りでは見知らぬ人たちが見知らぬ言葉を話している。
「ここは海の上ですか?」と聞いても
首を振るばかりで誰も答えてはくれない。
スピーカーからは聞いたこともない言語の声が聞こえる。
見慣れぬ文字で書かれた海図が壁に掛けられている。
食堂で提供される食事は取り立てて味がない。
今日が何年の何日なのか。その数え方も異なるようだ。


そこでは大勢の人たちが片時も移動し続けている。
すれ違うのも厄介なほどだ。
奇妙な形の帽子、派手な色が褪せた靴、ステッカーだらけのトランク。
乗客たちは片隅の暗がりで皺だらけの紙幣を交換する。
折りたたまれた地図を広げて指差し合う。
無口な船員たちが早足で行き来して子どもたちとぶつかりそうになる。
あちこちの方向を示した矢印が床に天井に。
ところどころ灯りが途切れている。
閉ざされた部屋の奥に家畜の臭がする。その鳴き声が聞こえる。
何かを喚き散らしながら内側からドアを強く叩く音がする。
だけど僕はその鍵を持っていない。
壊れて焼け焦げたドアがあって、その中もまた焼け残りだけとなっている。
廊下は小さな鳥たちが飛び交う。巣をつくり、雛を育てる。
ある部屋に集まった人たちは無言で本を読んでいた。


僕もまた廊下を歩き、階段を上り、
岐路にさしかかって右か左か上か下かを選んで、
部屋に入ってしばらく過ごしてまた出て歩く。
時折部屋の中には小さな窓があって
分厚いくぐもったガラスの向こうに海が広がっているのが分かる。
灰色の空、灰色の雲、その境界線。
だけどどれだけ階段を上っても甲板には辿り着かない。
船長室や機関室に出会うこともない。


そもそもこの船がどこに向かっているのかが分からない。
誰も知らない、知ろうとしない。
どこかの港に立ち寄るということもない。
もしかして動いているのは周りの海の方であって
この船は海の底に固定されたままただ揺れているだけなのかもしれない。


真夜中になると時折霧笛が聞こえる。
それは三度、途方も無い長さで繰り返される。
寝台には毛布しかなくて、包まって眠る。
寒くも温かくもない。
夢を見ることはない。
朝、目を覚ますと起き上がってまた、歩き始める。
狭い廊下を、見知らぬ人たちとすれ違い続ける。