鬼雨

あの地方では年に一度鬼が降って来るという。
天の底が抜けたかのような土砂降りの雨のことではなく、
文字通り無数の鬼が、夜が明けるまで降り続ける。
湯気の立つ真っ赤な肉の厚い山のような体に
長い年月の間にくぐもってひびの入った角。
幾重にも折り重なった黒い雲がクワッと開いて雷鳴が轟く。


谷間は遥か遠くまでその巨体で埋め尽くされる。
真っ黒な木々の間に落ちたものもある。
再び命を得るものはなく、夜明けの谷は静けさに満ちている。
鬼が降るのを見たものは
空から落ちてくる間の鬼たちはキッと目を見開いているという。
あらん限りの声をあげて、もがき苦しむ。


後はその鬼たちが朽ち果てるのを待つのみ。
虫に食われ、風にさらされ、川に流され、
四季のまた巡ってくる頃には谷間は何事もなかったかのようになる。
その底には百合の花が咲く。
旅人たちが行き交い、鬼雨のことを伝え聞く。
それが今、私の耳にも届いたところだ。


あれは元々人間たちだと誰かが言う。
死んで行き場のなくなったものたちが天空をさまよい、
辛い旅路の果てに修羅となり、あの雲の切れ間へと辿り着く。
年に一度だけ扉が開く。そのときを待つ。
男も女もない。老いたるも若きもない。
地上に戻ってきて、永遠の休息につく。