悲惨な光景

以前書いたかもしれない。
最近なぜかまた思い出して、頭から離れずにいる。


中学か高校で上京した時のことだったと思う。
母や妹が一緒にいたことを覚えている。
夏。山手線だったか、中央線だったか。


目の前に三人家族が座っていた。
父親、母親、小学生の息子。


母親はなんらかの精神的な病にあるようだった。
焦点の定まらない目で首をあちこちに振っては
「あー」とか「うー」とか呟いていた。
ブクブクと太って、ゆるやかな服から肉がむっちりとはみ出ていた。


その横に座る父親は隣の息子に向かって
参考書の中を指さしながら
「いいか、この問題は××年に○○中の入試で出ている」
「この問題は□□年に△△中だ」
と車内はばからず半ば怒鳴っていた。
父親は父親でノイローゼか。その手前なのか踏み越えた後なのか。
他に希望はないのだろう。
スーツを着ていたが、普段まともに仕事できているのだろうか。


その息子はランドセルを背負い、学帽をかぶり、
制服なのか白の半袖シャツに黒の半ズボンだった。
何も言わず父の言うことにも関せず、その参考書を読んでいた。
かすかに笑ってすらいたかもしれない。


何かがおかしい。というかものすごくおかしい。
しかし、誰が最もおかしいのかよくわからない。
この状況で平然としていた息子かもしれない。
なんだかとても悲しい。
これ以上悲劇的な家族は僕はその後出会ったことがない。


彼らは夏のある日、どこから来て、どこに向かうところだったのか。
明らかに悲惨な状態にある母親を連れ出してまでして訪れる場所。
もしこれがなんらかのお受験的な行為だとしたら、
普通、口を開く前にお断りされると思う。


家の中でもずっとこうなのだろうか。
母親は「あー」とか「うー」とか唸りながら食べ続け、
父親が家事をこなしながら
「この問題は□□年に△△中だ」とばかり怒鳴っている。
その間にあって息子は参考書を読み続ける。
絶望を絵に描いたような部屋。
雑然として足の踏み場もない。


その後どうなっただろうか。
息子は○○中や△△中に入れただろうか。
あれから20年ぐらいにはなるのか。
有名大学に入って、一流企業に入っただろうか。
母親はまだ生きているだろうか。
父親は何を生きがいに生きているのだろうか。