『哲学の東北』

以下、昨晩 Twitter で呟いたこと。途中から2人の方とのやりと
りになる。そのうち、自分の発言のみ。

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詩の発生について、マラルメ「母親の禁止にもかかわらず、墓地へ
出かける」
                      2011/11/22 22:10


墓場には死があり、死んだ妹がいる。死んだ妹は女性性の本質とは
死であると教える。だから母親は墓に向かうことを息子に禁ずる。
中沢新一の『哲学の東北』を読んでいます。
                      2011/11/22 22:17


そもそもの話、そこには判断・交換・命令を司る父親的な言語の不
在があって、それが息子を詩人とする。
                      2011/11/22 22:19


「不在と禁止が、詩人をつくる」はまさにそうです。「ああ、なん
と美しい春の日だろう」って朗らかに言ってるあいだは詩人じゃな
いです。そして詩も物語も生と死の往還にあります。死を前にした
生、生を前にした死。その葛藤をいかに乗り越えるか。
                      2011/11/22 22:30


いや、それはその通りで、葛藤を乗り越えようとするけど永遠に成
就されない。それが物語りだし、ゆえに語り継がれます。生も死も
分けきれない。そこに目鼻というか始まりと終わりをつけてしまう
のが小説なんだなと最近思います。
                      2011/11/22 22:40


どもども。36歳にしてようやく、自らの東北に向かい合って小指の
先をちょこんとつけてる感じです。
                      2011/11/22 22:53


今読んでる箇所でも「男の世界と女性たちの生命」とありました。
女性は既に身体的に世界(=他者)とつながっているのですが、男
性にはそれが欠けていて絶えず追い求めなければならない。そして
その秘密を知ったかのように振舞って権力を握る。
                      2011/11/22 23:05


なんか全然レベルの違う話ですけど、よく見かける「男女間に友情
は成立するか?」という議論を思い出しました。僕は「いや、普通
に成立するでしょ?」と思うのですが、「(恋愛の挟まる以上)男
女間の溝は越えられない」という人も多く。
                      2011/11/22 23:27


「この世に実現されるものは、高次元にあるとき、はじめて全体の
まとまりを見いだすことのできるような複雑な実体が、時間をとお
してあらわれてくる断面に過ぎないのだ」
                      2011/11/23 00:21


イオン・クリアーノのスープランドとレヴィ=ストロースとの関係。
「この「原神話」は、どこの部族の神話としても、一度も実体化さ
れたことがない。だがその「原神話」が、神話を語ろうとするもの
の思考を通過してくるとき、そこには万華鏡のように千変万化な、
個々の神話が発生してくることになる」
                      2011/11/23 00:29


哲学の東北 (幻冬舎文庫)

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