蝉の夜。

12日(水)夜のこと。
妻が洗濯物を取り込もうとしたら
蝉が二階の和室に入ってきてどこかに消える。


しばらくした後に見つかって、窓の外に出してと頼まれるが
いざ畳の縁で震えている蝉を見かけるとなかなか掴めない。
一歩踏み出せない。
子どもの頃は平気でいくらでも掴んでいたのに。
なんだか怖い。
ぶよぶよしたものを握りつぶして殺してしまわないかとか。
そもそもギャーギャー騒ぎそうだし。
どうして僕はこうも弱くなってしまったのか。


布団叩きで追い詰めるうちに鴨居の中に逃げる。
しまった。中に指を伸ばしてソーッと探る。
普通に目の前のものを掴むよりもよっぽど怖くなった。
中に何かないか。別のものの死骸とか。
ゆっくりゆっくり恐る恐る手を伸ばすと、ふっと何かが指に触る。
ギョッとするが昆虫特有の柔らかさではない。もっと硬い。
なんだ? 冷静になってもう一度触ると大きな石。


なんでこんなものが鴨居に入ってるんだ?
気持ちが落ち着いてきて大胆に指先をツーっと前後すると石がいくつもあって、
かつ、壁の向こうに穴が開いている個所があるのがわかった。
しかしそれがどれほどの大きさなのかよくわからない。
壁の向こうは大家さんの家。もしかして穴を通じてつながってる?
道理でこの部屋から隣の物音が大きく聞こえるわけだ…
もうしばらく指を泳がせてみると


ピト


蝉に触れてしまった。


    ジジジジジ


ひゃーっと腰を抜かす。
蝉は穴の向こうに行ったんじゃないか、死んだんじゃないかと
渋る妻を説得してその晩はそのまま寝る。
寝てると時々


    ジジジジジ


と鳴き声がする。
あ、まだいるんだと目が覚める。
それを何度か繰り返して寝不足。
明け方、起き上がって探す。
ベランダのふすまのところにいた。
眠かったから無造作に掴んで窓を開けて外に出した。


    ジジジジジ


灰色の空に消えていく。
寝床の中で目を開けた妻には、捕まえて逃がしたよと。
寝ぼけたまま笑う。


蝉はなんだかヨロヨロと弱っていて、飛び上がった様もぎこちなかった。
その後どうなったのか。
蝉の寿命は一週間か。まだ生きているだろうか。


…それはそうと石は何だったのだろう。