バラクーダ1

ジジジ、ジジジジー    ジジ、ジジー
暗闇の中、天井から斜めにぶら下がった蛍光灯が
時々じんわりと点いては消える。
それだけでも彼らにとっては眩しいくらいだ。
ふたりの姿が水面に歪んだ影を投げかけていることは気づいていなかった。


「くるよ」ヤスを構えた。「あと、にじゅう」
ナズもまたヤスを構え直した。
持ち手に巻いた布がヌメヌメと濡れている。
そっと離した左手を舌の先でチロッと拭った。
どこか遠くでポチャリと水滴の落ちる音がした。
群れとは関係がない。
崩れて剥き出しになった鉄筋が黒ずんで錆びている。
コンクリートの残骸の上に載せたナズの右足。
その指の先をそっと通り過ぎるものがある。
足の多い虫の類か。ナズはそのまま行かせた。
9、8、7、声に出さず数える。
ピトーン、ピトーーン、ピトーーーン…
3、2、1
ゴクリ


だめだ!
ノゼが闇雲にヤスを突き刺そうとするのを腕で払い、無言で制した。
出遅れた!!
壁が一瞬透き通って奴の巨大な円い目がかすめた。
ナズの目が役に立つならばそこには何も写っていないことがわかったはずだ。
ゴボゴボ、ゴボゴボ、ゴボ
鰓。鉛色の、脂染みた虹色の鱗。
ナズは制したままでいた。ノゼの脚が震えていた。ヤスを落とす。
急に勢いを上げて向きを変え、尾びれが壁から突き出た。
その風を感じた。
バタッバタッと跳ね上げる。
ナズの放ったヤスがわずかに触れた。
カラーン。コンクリートの壁にぶつかって落ちた。
魚は消えた。


ぬしさま」とネザは呼んでいた。
恐れていた。年寄りだからしょうがない、とナズは思っていた。
ノゼがヤスを拾い上げて渡す。ナズはそれをつかんだ。
ノゼの目を覆う布には大きく見開いた目が描かれている。
ナズはその仮の目に触れた。
「大きかったな」ノゼがこくりと頷いた。