エチュード1

「それでさ、オマエ、どこいたの? ずっと」
「どこって? 東京いたよ。まあ、西の方だけど」
「あ、そうなんだ。同じとこ? 結婚してなかったっけ?」
「してた。けど、別れた。三年前」
「今はフリー?」
「そういうあんたは? 映画、まだやってるの?」
「もうやめたよ。10年以上撮ってない。
 あれが最後だよ。マリエを主演で土日にやろうとしてぽしゃったやつ」
「マリエ? そんなのあったっけ?」
「結婚するだのしないだので、夜中飲んでたら死ぬとか言い出して」
「あー、あー?? そうかもね。最初の職場もやめるかやめないかで」
「女優の夢が捨てきれないって言ってさ、でもデキ婚になっちゃって。
 途中から俺、それってドキュメンタリーにしたら面白そうって思ったんだけど
 なんかドロドロしたの巻き込まれそうでやめた」
「悪趣味。でもそこで構わずやる人が世の中に出てくんだろうね」
「そうね。タバコ平気?」
「あんま吸ってほしくない」
「うそ。高校時代あんだけ吸ってたのに。部室で」
「あの頃一生分吸っちゃったから。きれいな肺を取り戻すには何十年もかかる」
「じゃ、やめとくか。その後マリエには会った?」
「会ってない」
「俺も。あいつ偉いよなあ。この前なんか賞取ってたでしょ。助演女優賞だっけ」
「すっごいきれいになってた。あのアレでしょ?
 映画見ようと思ってたまたま入ったらマリエ出てて」
「海辺のね。丘の上にホテルがあるとかで」
「バラエティにも出てたよ。月曜の、ネプチューンとかクリームシチューとかの」
「しゃべくり?」
「そうそう。映画の宣伝で。目隠ししてホリケンと二人羽織やってた。おおはしゃぎ」
「すげーな。なんだそれ? …もはや僕ら一般人には会ってくれないんだろうな」
「そんなことないんじゃない?」
「でもなー、今日みたいな同窓会にはやっぱ来ないし」
「連絡行ってないのかもね。メールが多すぎて気づかないとか。
 LINE 交換してる人としか普段話さないのかも。芸能人ってそうでしょ?」
「でもマリエを芸能人と呼ぶと怒りそう」
「私は女優なのよ! って?」
「高校の頃は断然、オマエの方がうまかったけどね」
「ありがと。誰彼構わずオマエって呼ぶのも変わらないね」
「いいじゃん、御前で丁寧語の御がついてる。お味噌汁と一緒」
「変なの。今から、マリエを主演で何か撮れたらいいね」
「無理でしょ? 今更。予定が合わない。それ以前に見合うクオリティーのものが撮れない」
「諦めたらそこで試合は終わりですよ。って、ふふーん。
 ねえ、高校の頃マリエのこと好きだったでしょ? 知ってんだから」
「え? どんだけ長い試合だよ! あ、なんか飲む? それは? カシス…」
「カシスオレンジ。マリエの連絡先調べてみようかな。ツテをたどって。
 ハシノだったら知ってんじゃないかな」
「ハシノって?」
「8組だった。ギターうまくて。まだプロでやってるみたいよ」
「え? そんなやついたんだ?」
「1組だったでしょ? 廊下の端と端だとあんま接点ないしね」
「そのハシノってのは?」
「大学の時になんかのバンドでメジャーデビューして私も買ったんだけど
 全然売れなくて。まあー、言っちゃあなんだけどどこにでもありそうな。
 でもその後バックで弾いてたり、作曲したりでまだそっち方面の仕事してるって」
「俺、あの頃よく学園祭とかで軽音のビデオ撮ってたけど」
「うちの軽音はレベル低いって他の高校でやってたみたい」
「言ってくれるなあ。他に有名人っていないの? そういや収賄罪で逮捕された…」
「あー、…いたね。ニュース向こうでも見た。どうしてんだろうね」
「こっちにいて、実家にこもってひっそり生きてるのかもね」
「それぐらいか」
「アタシはさ、キミが有名になると思ってたよ」
「映画で? まさか」
「映画で。そうよ」