悪夢というもの

日本では知る人ぞ知るだけどヨーロッパでは評価が高く、
尊敬されているグループのひとつに Nurse With Wound がある。
ジャンル的にはノイズ、アヴァンギャルド。ただし強いて言えば。
独特な世界観、存在感をもったモンドでビザールで歪んだ音。
こんな自由な発想で「音楽」をつくる人たちはそうそうないなと思う。


その代表作『Spiral Insana』が再発されたので入手してみたら
確かにこれ、最高傑作かもしれない。
悪夢というものを音にしたら正にこうだろう、という。


悪夢とは恐ろしい夢のことだけど、
血みどろのバケモノが襲い掛かってくるといったホラーではなくて
実際はただただ得体の知れないものだ。
日常の論理が一切崩れてしまって何が何だかおかしなことになっている。
その重苦しい空気の中からどうやって逃げ出せるのかがわからない。
その夢の中でしか意味をなさないような論理にがんじがらめになる。


そんな音。
揺蕩うような音が重なり合って、リズムが加わり、
それがいつのまにか耳をつんざくまでになって
唐突に引き裂くようなノイズと共に途切れてまた別の音が始まる。
別の場面。別の音。絶え間ない断絶。
それを何度も脈絡なく繰り返す。
演奏時間はわかっている。なのにこれがいつ終わるのかわからない。
理解できないものと出会った時の怖さ。


荘厳とすら言える。
中世ヨーロッパにて狂人が一人きりで大聖堂をつくる。
失敗と苦悩の数々を神の思し召しと捉える。
そのプロセスを時間軸をランダムにして映写するような。


人はなぜ悪夢を見るのだろう。
何のためにわざわざ自分で自分に悪夢を見せるのだろう。


断絶については、悪夢じゃなくても日々の夢の中にある。
繋がっていない夢を頻繁に見ている。
あれは突然夢が切り替わっているのではなく、記憶が途切れ途切れだからだ。
この前読んだある本に、なぜ我々は夢で見たものをすぐ忘れてしまうのかというと
夢を見ている間、我々の脳は記憶を活性化する化学物質を分泌しないからだと。
ただそれだけのことだった。
だったら悪夢には悪夢の色付けを行う化学物質もまたあるのだろうということになる。


全ての夢が悪夢であり、全ての現実が悪夢。
意味のあると思っているのは全てが幻かもしれない。