熊本へ その2

昨晩はメジャーリーグの試合ハイライトを見ながら缶ビール。
0時を過ぎた時点でウトウトして布団へ。
冷房をかけて眠る。
日中は最高気温32℃ぐらいか。
皆暑い、今年の熊本は暑いと言っていたが、それほどとは感じなかった。
つい数日前38℃と聞いていて、そこから比べたらまだ全然。
それでも夜は寝苦しく、妻が寝る時にエアコンを切ったのか、ご
明け方になって妻がむくっと起きてまたエアコンを入れた。


8時過ぎまで起きられず。
これまでの疲れがどっと出たのか。
朝食。玉子焼き、納豆、自家製の梅干しなど。麦ごはんだったか。
おいしく頂く。レモン酢ももらう。
台風5号は依然として逸れる気配なし。
やはり7日は九州直撃か。
奄美大島では過去最大級の被害だと。


この日は法事。スーツに着替える。
ガーメントバッグで運んできたんだけど、
失敗したことに左足の革靴の長さを調整するストラップが折れ曲がった状態で入れていた。
外に出すとピンと跳ね上がっている。
しかたなくこっそりセロハンテープで固定して、斎場に着いたら剥がすことにする。


車に乗って移動。途中、祖母を迎えに行く。
南熊本駅近く? の斎場へ。
大手でこの日10組以上が利用。ホテルの玄関のように「○○様」と書かれて並んでいる。


ロビーでしばらく待ってから割り当てられた部屋へ。
祖父の五回忌。鹿児島出身のため、鹿児島から来た親戚の方たちもいた。
自然と話は台風五号のことに。
10時の時点で熊本市は今から24時間以内に暴風域に入ると警戒メールが。
鹿児島もそろそろじゃないか、と。
外を見ると風が強くなっていた。


部屋の中には縦に長テーブルが二つ並んで、椅子が取り囲んでいる。
料理が既にセッティングされて紙の覆いが。
法要の後、そのままそこで会食となるのか。
奥には祭壇。運んできた故人の写真と位牌を取り囲むようにして
鏡と剣と。脇の台には人数分の榊。
供え物として海の幸、山の幸ということで
寒天、椎茸、林檎、鯛、人参、茄子、大根、スルメ、干瓢など。
神式の法事は初めて。鹿児島は伝統的に仏式ではなく神式なんですよね。
神主の方が来てものものしく読み上げ、参列者がひとりひとり焼香の代わりに榊を。
それにしても最近の法事は畳に正座ではなく、椅子が普通なんですね。


乾杯ならぬ献杯。グラスはぶつけない。音を出さない。
会食が刺身に天ぷらに思いがけずたくさん。
ビールも飲んで腹いっぱいになって帰ってくる。
しかし初めてのことで疲れきって、倒れてすぐ昼寝。
1時間も横になればいいかと思っていたら2時間以上。16時半になっていた。


17時半、妻の友人たちと飲むために義父の運転で市街地へ。
車両規制で途中で下してもらい、歩いていく。
この日の夜、「火の国祭り」で熊本城前の通りは「おてもやん」が踊られる。
浴衣を着た女の子やハッピを着た男の子たちが大勢いる。
上通り脇の通りを歩く。気の利いた飲み屋やセレクトショップが並んでいる。
その中のひとつに入る。最近海外で人気だというブランドのTシャツを買う。
竹製の iPhone ケースがあった。ヒップホップテイスト。
売上は熊本の復興支援に一部寄付されるという。
いいなと思ったけど、7Plus のサイズがなかった。残念。


上通りのアーケード街へ。祭りで人通りが多くなる。
出店が準備しているところだったり、子ども向けのイベントが行われていた。
下通りに渡ろうとしたところで友人の一人にばったり会う。
しかし大通りに入れるのはおてもやんを踊る人たちのみ。
一般人の通行不可。地下通路も封鎖されていた。
かなり大回りしないと下通りに入れなかった。


友人お薦めの居酒屋で19時から午前0時近くまで。
馬刺しや馬ホルモンの煮込みなど。
熱く熱した鉄板に唐揚を入れてソースをかけたものがおいしかった。
さんざん飲んで店を出て、下通りの商店街は夜更かしをする若者たちばかりだった。
タクシーに乗って帰ってくる。
シャワーを浴びて眠る。午前2時。
風が強かったが、雨は降らず。
夜、ペットシッターから報告メール。みみたの姿は見えなかったという。


来週末の高校の同窓会に向けてメールのやりとり。
準備は佳境に入っているのだろう。
校歌の歌詞をパワーポイントにしたものを東京に戻ってから作ることになる。