こういう話。
男は妻を亡くして半年になる。
十年間連れ添って最後はすれ違うことも多かった。
疎ましく思うことも多かった。
しかし、今は心の中のどこかに穴の開いているのを感じる。
そのパーツのことをどう思うにせよ、心と体の一部になっていたことを知る。
突然の事故で亡くなって、妻の方がどう思っていたのかは
今となっては何もわからない。
妻の親族との話し合いや荷物の整理がひと段落した。
家の中に一人でいるとやりきれなくなる。
車に乗って出かける。
何とはなしに走っていくうちに海辺に到着する。
駐車場に停めて浜辺を歩く。
打ち寄せられた流木に少年が一人、座っている。
通り過ぎようとしたときに男は声を掛けられる。
話し始める。
少年は夜になるのを待っているのだという。
この日の夜、空を行く船が海に下りてくる。
そこには多くの死んだ人が乗っていて、生きている人に会いに来る。
生きている人が望むのならばその船に乗って行くことができる。
少年の父母はだいぶ前に少年を残して若くして亡くなって
おじいさんに育てられてきた。
そのおじいさんも先日、病気で亡くなった。
そのとき、教えられたのだという。
何月何日に皆で会いに来ると。
気が付くとその砂浜には他にも何人か散らばって
歩いていたり、シートを広げて座っていた。
皆、何かを待っていた。
半信半疑の男は一緒に夜になるを待つことにした。
夜になった。
いつのまにかそこには大勢の人がいた。
空のかなたから船がやってきた。
音もなく下りてきてスーッと着水した。
心なしか透き通った人々が現れて砂浜に降り立つと、砂浜で待っていた人たちと再会した。
次々に再会の場面が演じられる。
すぐ隣にいた少年も彼の父親、母親、祖父母らしき人たちに囲まれている。
皆、静かな笑顔を浮かべている。その声は聞こえない。
男は妻の姿を探すが、見当たらなかった。
船に残っているのは乗組員だけだった。
男は船の中で妻を探そうとするが、乗組員に押しとどめられる。
声を荒げるが、全く相手にされない。
時間が来て、船から降り立った人たちに従われて
浜辺で待っていた人たちも一緒になって船に乗って行く。
少年も最初は父母に諭されていたが、最後は受け入れられて船に乗り込んだ。
心ここにあらずで、男のことは既に忘れているようだった。
船がまた空に向かって音もなく進み始めた。
男は一人きり、砂浜に取り残された。
全てが静まり変えった。
波が寄せては返す。永遠に、永遠に。
男は駐車場から車を出した。
しかしそれまで住んでいた家のある方に戻るのではなく、
全然別な方角だった。