奥多摩へ(後編)

昨日の続き。
チェックインして2階の部屋に通されるとき、
隣の囲炉裏端に3人のけばい女性が座っていて、宿のおかみさんがそっと障子を閉めた。
この囲炉裏端は本来語り部のおじいさんが夜、
この地方の民話を語ってくれることになっているのが、コロナ禍で今はやめているという。
本棚には小平や立川など西東京各地の民話集が並んでいた。
3階に貸切風呂がふたつある。
3階の一室と宴会場で、地元の建設会社が会合とその後の宴会を行っていて、
3人の女性たちはそこに呼ばれたコンパニオンだった。
 
あとで風呂に入りに行ったとき、マスクをしたその一人とばったり会って、
「お風呂ですか? こちらですよ」と笑いながら案内された。
僕が入ろうとすると「そちらは女湯じゃないですか?」
「いえ、どちらも利用できるみたいですよ」
「あら、ごゆっくりどうぞ」
そんな会話を交わす。
客でもない僕にも目が合ったら愛想を振りまく。
コンパニオンかくあるべし。僕も悪い気がしない。
 
貸切風呂は大小あって、大きいほうからはセメント会社の工場が見えた。
円筒形のタンクの周りにパイプが張り巡らされているとか。
継ぎ足し継ぎ足しで大きくなった、仮面ライダーの敵のアジトのようだった。
 
19時に夕食。
ヤマメを串に刺して焼いたのとあわび茸の鍋がここの名物か。
どちらもおいしかった。ヤマメは腹の部分に山椒味噌を詰めていた。
地元の方が採ってきてくれたという野蒜を特別に添えてくれた。
味噌をつけて食べる。新鮮ゆえにツンときて鼻に抜ける感じがよかった。
ここの料理は何を食べてもおいしい。
ワサビの葉の入った刺身こんにゃく、梅肉の茶わん蒸し、
新じゃがを蒸したのに付記味噌を添えたもの。
肉はわずか、揚げ物もなし。
一見地味なようでいて、全てが申し分なし。
澤乃井の辛口、大辛口を飲んだ。
 
僕らが食べ終える頃、宴会の人たちは帰った人たちもいれば
場所を1階の居酒屋に移して2次会という人たちもいて賑やかだった。
それも21時を前に終わったか。
コロナ禍でやっていくために地元企業のそういう利用はありがたいのだろうな。
 
部屋に戻ってくると布団が敷いてある。
食後もう一度風呂に入って、缶チューハイを飲んでいるうちに眠くなって
22時になるかならないかのうちに妻も寝てしまった。
 
みみたに起こされることもなく、ぐっすり寝た。
6時には目が覚めて朝風呂。
昨日から『ロング・グッドバイ 浅川マキの世界』というのを読んでいて、その続きを。
前半は1970年代の文章を集めている。野坂昭如阿部薫との思い出を語る。
山下洋輔といったジャズメンだけではなく、吉田拓郎筒井康隆の名前も出てくる。
追悼本なので加藤登紀子も思い出を綴って寄せていた。
 
8時の朝食前に最後、もう一度風呂に入りに行く。
硫黄臭もなく、透き通ったお湯。入るたびに体になじんでいく。
朝食もまたおいしい。
タケノコの糠漬け、ゆずの皮をマーマレードのように煮たもの、ワサビ漬けなど。
野菜サラダも地のものなのだろう、新鮮で体の中にすっと入っていく。
ハムエッグが陶板焼きというのも珍しい。いいアイデアだなあと思った。
食べ過ぎないようにと思っていたはずが、やはりご飯をお代わりしてしまう。
 
9時前にチェックアウト。
普段なら囲炉裏端で民話を語ってくれる宿のご主人が出てくる。
妻が奥多摩の民話集を買う。
車に荷物を詰めて宿を後にする。
 
昨日歩いた近くに「山城屋」というわさびの店があって、
9時から空いているというので行ってみる。
生わさびを買って夜はわさび丼を作りたかった。
生わさびがまだ出ていなかったので奥多摩湖を見に行ってからもう一度戻ってくることにする。
 
さほど遠くはない。車で10分もかからないか。
トンネルをいくつか抜けた先に大きなダムがあった。
僕は全然知らずに来たんだけど、奥多摩湖は東京都の水がめとしてつくられたんですね。
湖面に山並みが映っている。
想像していたよりも美しく、雄大な眺めだった。
相当な量の水を蓄えているんだな。
案内板を見ると1000人近い村人が移住を余儀なくされ、
100人近い方が工事で亡くなったという。
 
ダムの上にできた道を歩く。
残念ながらコロナ禍で展望台も自然の中の散策道も閉鎖。再開は未定。
見下ろすとはるか下の方に発電所の施設が。
この高さからこの量の水を落とすとなると相当な発電量になるだろう。
これもまた東京に住む人たちの生活のためか。
奥の慰霊碑まで行って引き返してきた。
 
「山城屋」に戻って生わさびとサメ肌のおろし金、
わさびのマヨネーズ、チーズ入りのわさび漬けを買う。
青梅街道を東へ。
トンネルを抜けて、のどかな集落が続いて。
青梅線が左に、多摩川が右に。
すぐにも「澤乃井」に着いた。
昨晩飲んだ湧水仕込の一般的なのと「本地酒」を買う。
あと酒まんじゅうなど。
ここも酒蔵見学は中止していた。
初めて入ったんだけどここもまた川縁にあって景色がいいですね。
吊り橋もかかっている。今回は入らなかったが、櫛かんざしの美術館もある。
もう少し行った先の奥多摩名物「へそまんじう」を買って車の中で食べる。
白いのと茶色いのと、ふかしたてのを。
 
この先はすぐ青梅市街に入って、東京郊外の街並みに飲み込まれていく。
先ほどまで奥多摩の自然の中にいたのが噓のよう。
青梅街道をひたすらまっすぐで帰ってきた。
昼はリンガーハットのテイクアウト。
13時半には着いたか。
ほんと、車ですぐのところにこんな大自然があるなんて。
奥多摩はまたすぐにでも訪れたい。
 
ペットシッターさんの報告を読む。
給餌器の調子がよくなく、みみたも吐いたようだ。
そういえば昨日の昼、奥多摩駅周辺の民家の塀で見かけた
猫二匹はどちらも不愛想で人懐っこくなかったな。
より野生に近い猫なのだろうか。