尻屋崎の寒立馬

朝、妻がなんとはなしにテレビをつけたら
NHKで『小さな旅』という番組をやっていた。
尻屋崎の寒立馬がテーマだという。
 
青森県下北半島の突端。
半島はよくマサカリの形に例えられるが、柄の部分の上端に当たる。
日本海津軽海峡がここで太平洋に接することになるので
多くの家が漁業を営む。
番組で紹介された、寒立馬の面倒を見ている年配の方は
普段は船に乗っていた。タコやタラが獲れる。
タラは身を干してパックに詰める。
売り物ではなく近くの人にあげるのだという。
反対側、津軽半島の先にある母の実家を訪れると
叔父はよく、かんかいと呼ばれたタラの干したので酒を飲んでいた。
 
灯台がポツンと立っていて、その周りに数頭の群れた寒立馬を見かける。
何もない、鄙びた漁村。鉄道は通っていない。
僕が小学一年生の頃か、季節の話題の取材だったのだろう、
新聞記者だった父が車に乗せて連れて行ってくれたことがある。
立馬よりも灯台の寂しい風景が心に残っている。
 
番組は30分と短く、前半で寒立馬と世話をする年配の方の場面が終わると
後半の話題は大人になったマグロを釣る漁師になりたいという中学生と
タコ釣りの仕掛けを作りながら話すその祖父、
地元の小さな商店を切り盛りするおばちゃんが紹介された。
その土地に生まれ育って、へばりつくようにして生きている。
だけど暗さはなく、その笑顔は明るい。
 
尻屋崎を訪れたのはその一度きりで、その後なかなか機会がない。
むつ市の通信部の事務所兼家屋に住んでいた。
父は他にどこに連れて行ってくれただろう?
かなり長い間車に乗って、三沢の空軍基地で行われた航空ショーを見に行ったことがあるか。
その時に撮った写真、航空機の鼻先にちょこんと乗った僕の写真が新聞に載った。
他はもはや思い出せず。
父が事故で亡くなるまでの1年間、
下北半島で日曜に家族向けのイベントがあるときには必ず連れて行ってくれたはずだが。
 
『小さな旅』では年老いた寒立馬が病気となり、獣医が呼ばれるも
亡くなっていく日のことが描かれていた。
最後の場面はもちろん、雪の中に立つ寒立馬
植物が育ちにくく、粗食に耐えて生きてきたのだという。
厳しい自然の中にあってその目が優しいことに気づいた。