出来事

20年ほど前のこと。
インターネットは普及していたが、まだガラケーの時代。
iPhone などのスマホはまだなかった。
facebook や LINE などの SNS もなかった。
 
友人から送られてきたメールを受け取るのはデスクトップのPCで、
大事な要件のものや、気持ちのよいやりとりになったものは
プリントアウトすることもあった。
そのひとつをなんとはなしにプリンタで印刷して、机の上に置いておいた。
それをそのままにして、寝た。
 
朝起きて、プリントアウトを見ると何やら余白に書き込みがある。
でもそれが読めない。
筆跡が難しいのではなく、それがどの言語かわからない。
日本語ではないし、英語や韓国語、中国語、イスラム圏でもない。
初めて見る文字。
4行ほど文章があって、それぞれの行の文字数は統一されていない。
なんらかの意味に応じて行を改めているのだろう。
 
色も気になる。くすんだ青色。
この色のボールペンを持っているわけではない。
誰が書いたのかもわからない。
いつ? というかこの部屋に忍び込んで?
なんで気づかずに寝続けていたのだろう。
物音がしたとか、何か出たとか、金縛りにあったとか、
そういうことは何もなかった。
 
気になるし、気持ち悪かったが、
出社の時間も迫っていたのでスーツを着て家を出た。
一日仕事をして帰ってきた。
プリントアウトのことが気になって仕事が手につかず、
定時になってすぐ出てきた。
 
机の上に置いていたはずのプリントアウトがない。
床に落ちたかと思うが見つからない。
本棚の間を探したり、引き出しの中を見たりもしたが、出てこない。
どこに行ったのか?
 
釈然としない。
気持ちのよくない存在が消えてしまうというのは
ホッとするよりもゾワゾワする。
 
それ以上にゾワゾワしてきたのが、
誰のメールをプリントアウトしたのか思い出せないこと。
こういうことがあったから気をつけた方がいい、
と言うべきところなのかもしれないが、
それが誰なのかがわからない。
メールの文面も思い出せない。
 
そもそも僕はメールをプリントアウトしたのか?
そのメールを受け取ったのか?
自信がなくなってきた。
 
その部屋の中にいるのもなんだか嫌だったが、他に行くところもない。
他に何か変なことがあったわけではない。
 
数日過ごすうちにそのことも忘れてしまった。
 
そのことをなぜか、20年後の今、思い出した。