主演女優

昨日の夕方、会社に向かうため浜松町の駅を出て竹芝方面へと歩いていたら
偶然サークルの後輩に出くわした。
彼女の場合「サークルの後輩」なんていう簡単なフレーズで片付けるわけにはいかない。
僕が学生時代に監督した8本のうち、後半4本で主演をしている。
彼女が軸となることで僕は映画を作り続けていた。
そういう意味ではかなり特別な人である。


「あー!?オカムラさん!」と向こうから声をかけてきた。
お互い、「なんでここにいるの?」と不思議がった。
僕はもちろん会社が近いからであって、
彼女は竹芝近辺で食事のできる場所を探していた。
劇団四季の公演を見た後でみんなでご飯を食べるのだという。
わざわざ休みの日に職場の懇親会の手配というか下見のため、竹芝まで来ていた。
「この辺りってどこか食べれるとこないんですか?さっきから何も見つからないんですけど」
「浜松町ってないんだよね。何も」
僕は貿易センタービルの地下のレストラン街に連れて行って、
「ここぐらいしかない」と何軒か見せて回る。
彼女はそのうちの1軒のどれかで「ここにする」と決めたようだ。


その後喫茶店に入って話をする。
こうやって会うのは何年ぶりだろう?思い出せない。
去年の3月にサークルの連中が大勢集まった時、ちょっとだけ話したぐらいか。
「仕事忙しいですか?」と聞かれて「仕事忙しい」と答え、
「そっちはどうなの?忙しいの?」と聞くと「忙しいですよ、もー」と答えが返ってくる
僕は社会人になって6年目になる。彼女の方は(驚いたことに)4年目となる。
新入生として入ってきたのがついこの間のように思えてならなく、
「月日がたつのは早いもんだ」と感慨深い気持ちになる。
名刺をもらうと「主任」と肩書きがついていて、
名前のところに「セールスリーダー」なんて書かれている。
デパートで働いているので土日も休みじゃないことも多く、
話を聞いてるととにかく忙しいようだった。


誰それはどうしててどこにいてというありがちな世間話をする。
それが一通り終わって、じゃあ出ますかということになる。
彼女は次の予定があるようだったし、僕は会社に行かなければならない。
店を出た後で彼女はさらっとこんなことを質問する。
オカムラさん結婚の予定は?」
「・・・ないよ」
「えー?ほんとですかー?」
「ハハハ(かなり乾いた笑い)。ないよ」
階段を上って地上に出て、「じゃあね」とそこで別れた。


土曜の夜、終電も逃して先輩たちと飲んでいたとき、
監督と主演女優の関係性についての話となった。
引き合いに出されたのはフランソワ・トリュフォー
「惚れてなきゃあんなきれいには女優を撮れないよね」って結論になる。
今さら僕らが結論として言うまでもない。映画を撮る人なら誰もが知っている話だ。
では歴代のサークルの映画の中で
「この監督とこの女優」というリストを挙げるならばとなったとき、
何人かの名前と作品が出てきた後で当然のごとく僕のことも
「やっぱオカムラだよな」と取りざたされる。
何しろ学生時代最後の映画では僕の視線ショットで擬似キスシーンまで出てくる。
あの当時僕の前では作品そのものの質について語られてたんだけど、
陰ではいろいろ言われてたんだろうな。


そして僕はたぶんそのことで、彼女を傷つけた。
あの後、あの映画のことについて僕は彼女と何も話さなかった。
僕は会社員になって、自然と彼女とは疎遠となった。
だけど今、日曜の夕方、偶然会って何事もなかったかのように話す。


彼女は今でも僕にとって主演女優なのだろうか?
帰り道地下鉄に揺られながら考えるのはそういうこと。
どういう答えを出すべきなのかは自分でもよく分からない。