メキシコシティを北に進んでいって、グアダルーペ寺院にて停車。
「世界3大奇跡」の1つに数えられる寺院。
(残りの2つはフランスのルルドの泉とポルトガルのファティマ)
ここには行きたかったんだけど遠かったので諦めていた。
普通「メキシコシティ1日観光」みたいなオプショナルには含まれているけど、
僕が頼んだのは「ティオティワカン半日観光」だったので
ティオティワカン遺跡にしか行かないのではないかと。
嬉しいサプライズ。
こういう謂れがある。
1531年12月11日、
信心深い少年ファン・ディエゴはテペヤックの丘にて光る物体を目にする。
それは褐色の聖母マリア様だった。マリア様は少年に向かって語る。
「ここに教会を建てなさい」もちろん少年は地元の司祭に報告するのだが取り合ってもらえない。
落胆した少年が次の日12日、またテペヤックの丘を歩いているとまたしてもマリア様を目撃する。
司祭に信じてもらえないと少年が話すと、ではこれを持っていきなさいと赤いバラを手渡される。
これを目にすれば司祭たちもきっと理解するでしょうと。
(今「地球の歩き方」を見たら、12月にバラは咲かないので奇跡の印となると書かれていた)
少年は着ていたマントにバラの花束を包み、大事に抱えて司祭のところへ持っていく。
マントを開くと出てきたのはバラの花束ではなく、褐色の聖母マリアの像だった。
この一件により寺院がテペヤックの丘に建てられることになった。
そしてこの話は大西洋を渡り、当時のローマ法王にも伝えられ、奇跡と認定された。
少年のマントは今でもこの寺院に祀られている。
12月12日はグアダルーペ・マリア様の日とされ、メキシコシティ中の人が集まって祈りを捧げる。
ワゴン車を下りて、寺院へと歩いていく。
道の両側ではみすぼらしい身なりの人たちが
ロザリオ、キリストを描いた絵、天使や赤ん坊の小さな人形などを、敷物に並べて売っている。
寺院は1709年に建てられた古い本来の聖堂と、1976年に建てられた新しい聖堂から成り立つ。
なぜ新しい聖堂が建てられたのかというと地盤沈下で古い聖堂が傾いてしまったから。
(この後、どこを案内されても地盤沈下で沈んで・傾いてということばかり聞かされる。
メキシコシティはそもそもアステカ人が湖の上に作った浮島の上の都市だった。
それを侵入してきたスペイン人が埋め立てて新たに都市を作り直している。ついでに神殿も破壊して。
これまでの計測では6m下がっていることになる。
沈下するスピードが増してきていて、このところの年間平均では2、3cmだったのが
昨年は13cmも沈下した。でもメキシコ政府は相変わらず「ま、いいか」とおおらか)
旧聖堂と新聖堂の間に、まだ亡くなって日の浅いヨハネ・パウロ2世の銅像が建てられている。
ヨハネ・パウロ2世はその在職中にメキシコを2回訪れたことがあるそうで、
メキシコ人に大変人気があったことから建てられることになった。
旧聖堂の中へ入っていく。ひんやりとした静かな雰囲気に包まれる。
キリストの祀られた祭壇と、信徒のための席と。
聖堂だけあって天井は高く、柱は太く、鈍く輝くシャンデリアのような照明が吊るされ、
窓にはステンドグラスがはめられている。聖人たちの像と、聖人たちを描いた大きな絵と。
全般的に慎ましやかな雰囲気なんだけど、
無口のようでいて年月の重みが多くを語っている、そんな印象を受けた。
新聖堂へ。平べったい、真ん丸い形をしている。
名前は忘れたが高名な建築家によるもので、少年のマントをデザインのモチーフにしている。
ちょうどミサが行われているところだった。子供たちによる賛美歌が歌われていた。
信徒のための椅子が半円形に設えられ、多くの人々が席についている。
敬虔な佇まいの老婦人が、それら椅子ではなく床にそのまま膝をついて祈りを捧げている。
懺悔室がある。赤いランプの灯っている部屋では神父が待っている。
いくつか部屋がある中でランプが灯っていたのは1つだけで、
中では神父が暇そう(と言っちゃいけないか)にしていた。
彼は僕ら観光客を見ていた。
4日の日の分の日記にも書いているが僕はキリスト教というものに興味がある。
信仰を求めているとかそういう意味ではなくて、
古来からそれがいかにして人々の間に入り込んでいったか、その過程とそれが取る姿について。
そういう意味ではイスラム教にも関心がある。
これまで僕は世界のいくつかの場所で修道院やそれに類するものの中に足を踏み入れてきた。
モスクワでカサブランカで、ここメキシコシティで。
その度に僕はこの世ならぬ何かを感じ取った。日常生活から遠く離れた、別の世界へと連れて行くもの。
あるいは、連れて行こうとして連れて行けなかった、その残骸。巨大なる残骸。その沈黙。
様々な歴史がその空間の中で、あるいはその周辺で積み重ねられ、その無言の語りかけを感じる。
僕はこの雰囲気が嫌いではない。むしろ、好きだ。