いつか死すべき生きものたちへ

昨日の午後、具体的な時間は覚えていないが、急に奈落の底に落ちていった。
やりきれない気持ちでいっぱいになり、まともなことは何も考えられなくなった。
それでも、仕事中だったから、普通に振舞って周りの人たちとも普通に接した。
夜になり、最初の一人が帰るためにオフィスを出ると僕も家路に着いた。
いつもより早かった。待ちきれなかった。


地下鉄のドアにもたれる。
何が起きたのかわけがわからなくなった。
ある瞬間を境に全てが反転した。
悲しくなる、その直接の原因を数え上げようとしてもうまくいかない。
具体的な理由は何一つとしてない。
しかし今思うと何もかもが少しずつ僕を、この僕を悲しみの淵に追いやろうとしていたのはわかる。
このところの何気ない瞬間の一つ一つに、実は陰に隠された意味があったのだ、そのことに気づかされた。
目にしたもの、他人と交わした会話、手に入れたと思ったもの、やり過ごしたもの。
底なしの沼が口を開けていたかと思うとその次に気付いたときは
その中を限りなくずぶずぶと落ち込んでいった。
包み込む空気が過剰になる。青く澱んだ、銀色の空気。
死んでしまいたくなった。
消えてしまいたくなった。
僕なんて、今この瞬間にも消え去ってしまえばいいと思った。


地下鉄を降りて、何事もなかったかのように駅前の通りを歩いた。
いつも行く床屋が店を閉めるところで、
店主の方が僕に向かって笑顔で「こんばんは」と言った。
僕は笑顔を浮かべて会釈をした。それ以上のことはできなかった。
通り過ぎて僕は震えがした。
震えが止まらなくて、壊れてしまいそうになった。


アパートに帰り着く。午後8時。
こんな時間に、眠れるわけがない。
無限に近い、永遠に近い時間が横たわっているように思えた。
何も読まなかった。何も聞かなかった。
焼酎のボトルがあったので、お湯で割って飲んだ。
味がしなかった。熱さも感じなかった。
空になるとまた焼酎を注いで、ガスコンロでお湯を沸かした。


飲みながらこんなことを想像した。
今ここに拳銃があったなら。


・・・ぼくはその銃口を口に咥えて、引き金を引く。


バン


感じるはずのない痛み。
それを僕は何通りもの方法で想像する。


銃口をもう一度口に咥える。
引き金を引く。何度も何度も引き金を引く。


バン、バン、バン


泣きたくなってきた。
だけど、涙は、出そうになかった。


やがて、どうでもよくなって、寝た。眠った。
夢を見た。凡庸な夢を見た。
もう忘れてしまった。


そして今に至る。
今、この瞬間に至る。


顧客のオフィス、17階のフロアから、朝日の当たる東京を見下ろす。
この時間、遊園地の観覧車はまだ静止している。
高層ビルのエレベーターが上昇と下降を繰り返す。
鳥たちが当てもなく空を飛んでいる。
無数の建物、無数の人々。


僕は昨日の夜の悲しみを思い出す。
そして僕は銃口をこめかみに当てて、
引き金を引いた。