新宿西口バス放火事件、その他

昨晩、聞き書きの後で小さな居酒屋に入る。
飲んで食べてそろそろ出ようかとしたところで
店のおばちゃんがカウンターの中からリモコンを操作してチャンネルを変える。
NHKのニュースになって天気予報を見る。
日曜は雪が降るみたいですね、なんて話していたら
NHKスペシャルが始まった。


「聞いてほしい 心の叫びを 〜バス放火事件 被害者の34年〜」
 http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0228/


思わず見入ってしまった。
1980年8月19日、新宿西口のバス乗り場で京王バスが放火され、
死者6名、重軽傷者14名の犠牲者を出す。
番組が追うのはそのうちの一人、杉原美津子。
全身の80%を火傷、その治療で用いられた血液製剤によりC型肝炎となり、
その後肝臓癌へ。それが昨年のこと。
最初は治療を受け容れず死期を迎えようとしたのであるが、
34年前の事件をもう一度書き残しておきたいと薬物治療を受ける。
しかし今年の夏まで持つかどうか…


付きっ切りで看護してくれた母とは
被害者とその家族の息詰まる日々の中でやがて疎遠となり、
以後30年会うことのないまま他界した。
報道カメラマンだった兄はたまたまバス炎上の現場に居合わせて
夢中でシャッターを押し、特ダネ写真となる。
しかしその中に重症の妹がいるとは夢にも思わなかった。
兄は報道カメラマンをやめ、カメラを人にむけることはなくなった。


事件後の入院は1年に及び、皮膚の移植手術を繰り返した。
退院後、『生きてみたい、もう一度』という手記を出版、ベストセラーになる。
映画化もされた。
「生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件」(1985年)
 http://www.youtube.com/watch?v=azXxJiLY7ug
しかし、その中で加害者のことを「わたしには憎むことができない」と
記したことから多くの非難を浴びるようになる。
被害者は被害であり、加害者は罰するべきだと。
以後、事件について口を閉ざすようになった。
それが昨年の夏まで続いた。


加害者は地方の貧しい生まれで
中学卒業後20年以上工事現場を転々とする日々。
新宿の路上で酒を飲んでいたところホームレスと思われ、
通行人にひどいことを言われて逆上し、目の前のバスに放火。
史上初の通り魔事件。無期懲役となる。
その後服役中の1997年に首を吊って自殺。
杉原さんはそのことを知って、手記では「憎むことができない」としたのに、
身勝手だ、生き続けることで罪を背負うべきだったと考えを改めた。
杉原さんは実家へと旅し、加害者の兄に会おうとする。
獄中最後の日々を知っているという。
なのにその兄は数年前に亡くなったばかりだった。
彼が何を考えていたのか、もはや誰にも分からなくなった。


番組後半、同じ「被害者」の女性と会う、という場面があった。
彼女の方が火傷の程度が低く、思わず杉原さんは「あなたは幸運だ」と言ってしまう。
気まずいことになり、気分を害した女性はその場を去る。
(杉原さんはすぐ謝罪のメールを送り、また再会することにはなった)
「被害者」と一口に言っても同じ境遇の人というのはありえず、
それぞれに様々な利害関係が入り組んでいる。
「被害者」の間にも「赦し」は生まれない。


そんなこんなで1時間。
NHKスペシャルにて触れられなかった箇所はこの記事に詳しい。
もっと生々しいことが語られている。
NHKスペシャルはやはり、どこか美談に持っていこうとしている。
「今夜NHKスペシャル新宿西口バス放火事件「被害者」と「加害者」慟哭のその後」
 http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20140228/E1393533786317.html


思ったことはふたつ。
ひとつは、事件のやりきれなさ。誰に対して何を思っていいのか分からない。
何をどうしてあげたらいいのか分からない。
その人が何をしたわけでもないのに、たまたま居合わせたというだけで
被害者となり身体的・精神的苦痛を抱えたまま数十年と生きていかなければならない。
その理不尽さ。不幸とは確率論的なものなのだろうか。


全然別の次元でもうひとつ。
佐村河内守」の事件が起きたばかりなので、
このNHKスペシャルもよくできてるよな、なんてことを思う。
杉原さんが事故現場を34年ぶりに再訪し、新宿の雑踏に消えていく。
他の「被害者」が怒りに肩を震わせ、無言で去っていくという場面の重み。
これ、たまたまそういう情景が撮れたのではなくて、
そういう場面として演出が入ったんだろうな。嘘にはならない範囲で。
そんなこと気にしなければもっと入り込めたのに、常にちらついて気になり続けた。
被害者と加害者という構図は、別のところにもある。

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伊勢海老が実はロブスターだったに代表される食品偽装問題は
あれほど無益なカミングアウトの連鎖の果てにパタッと報道されなくなって
次はゴーストライター問題か。またカミングアウトが始まった。


最近気になっている事件として、
杉並区や横浜市などの図書館で『アンネの日記』のページが破られるというもの。
誰がやったのだろう?
杉並区で変質的な単独犯が繰り返していた犯行をニュースで見て
横浜市の別の誰かが自分のとこでもやったか。
あるいは中学生か高校生のグループがおもしろ半分でやったか。
後者のように思う。当事者というよりその親が、
子供のやったいたずらだから大目に見てしかるべきだと主張するんだろうけど
それでいいのだろうか。踏み躙ったものは大きいと思う。


でも、だとしたら一頃のように Twitter
図書館の本を破ったと得意げに撮影された写真の一枚や二枚があってもよさそうだけど。
犯行者たちも賢くなったのか。
そう、バイト先でいたずらのつもりで撮った写真が拡散され、バッシングされる。
これも急に報道されなくなった。どこに消えたのか。