「舟」

夜行バスで明け方駅に着くと、もらっていた切符で改札をくぐった。
自動ではなくて鋏を入れる。駅員に表情はなく、腕の先が動いて返すだけ。
階段を上り、温泉地や交通安全の色褪せた広告がポツリポツリと貼ってある中を歩いた。
階段を下りて吹きさらしの、雪に覆われたホームに立つ。
立ち食い蕎麦屋売店も閉まっている。朝だからなのか冬だからなのか。
老人が荷物を積んだ、ところどころ錆びるかはげるかした台車を運ぶ。


電車は既に待っていた。一番奥の車両に入った。
二人掛けの席が向かい合わせになる。
他には誰もいなかった。
荷物を網棚に乗せて、一度外に出て自販機で缶コーヒーを買った。
窓際の席に座って枠のところに肘を乗せて外を眺めた。
水滴で曇っていてほとんど何も見えないが、港町らしいみすぼらしい飲み屋街が眠っていた。


時間が来たのか、電車が走り出した。
足元にヒーターがあって座席が焼けるように熱い。
その一方で空調のようなものは他になく、上半身は寒い。コートの襟元を合わせた。
天井からは扇風機が釣り下がっているが停止してカバーがかけられている。
その隣にあった壁際のスピーカーから車掌か運転手が話し始めたが、
ガリガリした雑音ばかりでほとんど何も聞こえなかった。
行き先とその途中の駅を告げるのか。
ポケットから切符を取り出して改めて眺めてみる。
僕が小さいころ住んでいた町のずっと先にある最果ての駅の名前が書かれていた。
そこは僕も訪れたことがない。


人は死ぬと天国なのか地獄なのか、とにかくどこかへと向かうことになっている。
病室のベッドで痛み止めが効いて意識がまとまったとき、
僕はどこでもいいから最後に一度旅に出たいと思っていた。
その旅に出たというのだから、僕は死んでしまったのか。
人によっては三途の川を小さな舟で渡っているのかもしれない。
無人ジェット機に乗っている人もいるだろう。


窓の外は大粒の雪が降り続いている。
走る電車に引き寄せられて斜めにこちらに向かってくる。
住宅地を抜けると林があって、その先は真っ白な田んぼが広がっていた。
スピードを落としてガタガタ揺れながら停まった。
ホームだけの無人駅だった。


ゴトンという音がして客室のドアが開いた。
外の吹雪がここまで届いた。雪が舞って床に落ちていく。
誰かが僕の目の前に座った。
知らない女性だった。僕と同じぐらいの。
いや、僕はこの人のことを知っている。
小学校6年生の時に好きになった。初恋の人だ。
中学校に入ってすぐ転校してそれっきり。
手紙のやり取りがあったわけでもない。
大人になってきれいな女性となった。
無言で、表情もなく、こちらを見つめている。
僕というよりもその向こうの何かを。


ああ、そうか。
彼女は僕よりも先に亡くなったんだ。
理屈はわからない。だけど僕はそのことを知った。
(続く)