「listen, the snow is falling」

構想。メモ。
どちらかというと映画の脚本として。

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チヅヨはIT業界の大手企業に勤めるシステムエンジニア
40間近で今は現場から離れ、計数管理などの中間管理職的なポジションにいる。
スタッフ部門の異動を繰り返すぐらいで、この先たいした未来はない。
このままでいいのか。漠然とした不安の中にいる。
結婚はしていない。長く交際した男性はいるが、
お互い結婚には踏み切れず数年前に別れてしまった。
以来特に男性との縁はない。


今は東京で一人暮らしだが、子供の頃から母一人娘一人で生きてきた。
その母が亡くなった。最後は苦しそうだった。
田舎で看取ることができた。
法事と身辺整理のため一週間の休みを取っていた。
その母が死の間際に言った。
お父さんは若い頃に死んだとこれまで言ってたけど実は嘘だった。
これまでずっと騙してきて辛かった。
父はまだ生きていて、青森で一人暮らしている。
あるものを返してもらってお墓に入れてほしい。
彼に会えば、それが言わずとも何かわかる。


チヅヨが取り仕切るささやかな法事が行われて、納骨も終えた次の日。
母の残した一軒家にて遺品を整理していると見知らぬ若者が訪ねてきて、
間に合わせの仏壇(祖母のだったが、よくわからず母のを並べた)に手を合わせる。
父の息子だという。マキトと名乗る。一回り下だった。
映画監督を目指してフリーター。まともに働いたことはない。
胸元にペンダントのようなものをしていて、指輪にピアス。
どことなくチャラチャラ・ナヨナヨしつつも芯は強そう。
もしかしたらゲイかもしれない。
聞けば今から深夜バスに乗って青森に帰ると。
会社の休暇はあと数日。チヅヨはマキトについていくことにする。
マキトはブーツ履いたほうがいいよとだけ助言をする。
深夜バスに乗った。


冬。目が覚めると雪が深く積もっている。
父の住むのは津軽半島の先。
電車に乗り換える必要があるが、
マキトはまっすぐ父の元に帰ろうとしない。
2時間に1本のローカル線を逃してしまった。
朝から営業している小さな喫茶店に入る。
マキトはマキトで帰りたくても帰れない事情がある。
体調の優れない母には会いたいが、父には会いたくない。
ポツリポツリと話し始める(少しだけ津軽弁が混じるようになる)。
ひどい男で、外に女を何人も作って何十年と母を苦しめてきた。
とはいえ、マキトの母もまたチヅヨの母から父を奪ったという経緯がある。
そのことをずっと申し訳なく思ってきた。
なんて身勝手な人たちなのだろうとチヅヨは腹が立つ。
しかしここはチヅヨにとって異国の地。
マキトが話し終えて外に出ると吹雪。
折り重なった分厚い灰色の雲から横殴りの雪が。
逃れられない、と思う。
ローカル線に乗った。


途中で終点になる。
駅舎のストーブに当たりながら待って、次のに乗り換える。
車両は一両だけになった。
最果ての駅に下り立つ。
他に何人かホームに立ったが、
暗い色のコートやジャンパーを重ね着していて皆無言で寂しげだ。
マキトはタクシーに乗っていくというが、出払っている。
駅前に喫茶店がひとつなくもないが、大きな窓からは地元の人たちの姿が見えた。
無言でそれぞれカウンターやテーブル席に座っている。
マキトもチヅヨも入りたくないな、と思う。
マキトが携帯から家に電話しても誰も出ない。
歩いて30分あるけどとマキトが言うと、それでもいいとチヅヨは歩き始める。
ふたりの間にも会話がない。そのうちに海辺に出た。
漁師たちの住むところらしく、
ボロボロになった網や巨大なビー玉のようなものが軒先に転がっている。
新しい家が多い中でボロ家もちらほらとあった。
そのうちの一軒がマキトの家だった。


よろよろとマキトの母が出てきて、お茶を出してくれる。
床の腐った、タンスの傾いた雑然とした家。
マキトは庭の雪かきに出る。
マキトの母はチヅヨにしきりに謝ろうとするが、チヅヨは遮る。
そのために来たのではないのだと。
父はどこにいるのか尋ねると「外に行ってしまった」
それ以上のことはマキトの母は知らないという。
知っていても、言わないだろう。
マキトが連れ出して海辺へ。小さい頃、ここで遊んだ。
この若者もいいところあるな、とチヅヨは思う。
そんなチヅヨの思いに関係なく雪は降り続ける。
そのうちに夕方になり、夜になる。
父は帰ってこない。
マキトの母は泊まっていけという。
チヅヨは駅前に旅館がないか聞くが、外は吹雪が強くなった。
諦めて泊まることにする。


次の日も父は戻ってこない。
夜になって大きな物音と共に無理やり玄関を開けて入ってくるが、泥酔していた。
チヅヨを一目見て「おめ、だれだ」の一言しか言わず、
マキトも一瞥して「フン」と言うだけ。
そのまま玄関先で眠り込んでしまった。
マキトの母はそこに布団をかけた。


次の日、朝早く目を覚ましてなんとはなしに狭い居間に入ると
父は背中を丸めて、どてらのようなものを肩にかけてストーブの前に座っていた。
目を開けているが、何を見ているでもない。
時々口を開けて何かを呟くが、聞き取れない。
チヅヨは「おはようございます」と声をかけるが、ちらりとも見ない。
チヅヨは横に座ってストーブに当たる。
旧式で、本体は古びた金属でできていてガラスの窓から炎が見える。
ふたりはしばらく無言で並んでいる。
意を決して、「母から預かったものがあると聞いてますが」と言うと
ボソッと「そんなもん、しらねえ」
チヅヨは母の亡くなったときのことを話す。
どれだけ辛く、寂しく死んでいこうとしたかと。
それに対しても「わあさわ、かんけえねえ」と。
その口調から「自分には関係ない」とわかる。
チヅヨは怒り出す。大きな声で怒鳴る。
母のこと。これまでの人生のこと。
うまくいかないのは、こんな人たちのいる世の中のせいだということ。
父は背中を丸めて目の前をぼんやりと見つめるだけ。


チヅヨは家を出て行く。
これ以上ここにいてもしょうがない。
マキトの母は雪が降っているからと引き止めようとするが
チヅヨは有無を言わさず出て行く。
ひとりきり海辺の村を歩く。
そのうちにマキトが追いつく。
これ、とコートを開け、かけていたペンダントを外して渡す。


大切なものなんでしょ?
父がくれたんだ。
あの日も酔っ払っていた。いらないからやると。
それとなく誰のものだったか知ってたから、小さいうちは絶対しなかった。
大きくなって父が母に暴力を振るうのを見て、できる限りかばっていたけど、
それでも母が、おまえはここから出て行けというから、
映画監督になりたいと知ってたから、ここにいてもいけないから、
僕は逃げるようにしてここを出て、
父の嫌いなペンダントをするようになった。
僕がずっと身につけてたものだからなんだか申し訳ないけど、
これ以上僕が持ってるわけにも行かないから、返すよ。
チヅヨももはや受け取りたくはなかったが、
マキトは強くチヅヨの手の中に押し込んだ。
マキトは泣いていた。


マキトは駅まで送っていくというが、チヅヨは振り切っていらないと叫ぶ。
ひとりきり歩いていった。
駅舎の中であと1時間あるのを待った。
ペンダントをずっと握りしめていたことに気付いた。
ローカル線を2本乗り継いで、タクシーで新青森駅へ。新幹線に乗る。
昼過ぎには東京に着いてしまった。
数日振りの自分の部屋はガラーンとしていつもとは違って見える。
リビングのテーブルの上にペンダントを置いた。
東京は寒かった。
今晩は雪だという。