鮎のこと

昨晩、帰ってきて酒場放浪記を見ていたら
最後の4つ目が門前仲町の鮎の店だった。
稚鮎の天ぷら、鮎の塩焼き。


ふと思い出す。
中学生の頃か、夏休み、いつものように母の実家に泊まりに行ったとき、
鮎を釣りに行くというので連れて行ってもらったことがあった。
津軽半島の先の方。電車は2時間に1本。
周りは山。狭い隙間を塗って田んぼが広がっている。
釣りに行くとなるとこれを履いていけと叔母が大きな、ブカブカな長靴を出してくれた。
白い軽トラに乗って山の入り口をトロトロと走り、小さな川に出る。
釣り竿などあれこれを下して、セッティングしてくれる。
僕はそのとき、釣りをしたのは生まれて2回目か3回目だったと思う。
最初の一匹を釣ってもらって、そこから先は友釣り。
川に投げ入れるだけでいくらでも釣れた。


今思うときれいな川だったのだろう。
21世紀になってもはや鮎はいないんじゃないか。
空は青かったし、雲は白かった。
そしてどこまでも遠くなのに、手が届きそうに近かった。
澄んだ水。かすかにねっとりとした川の匂い。


連れて行ってくれた近所のおっちゃんのことを思い出す。
向かいの家かはす向かいか。親戚関係にあったような、なかったような。
小さな集落だから皆親戚のようなものだったかもしれない。
昼間、居間にいてテレビを見ていると脇の車道に面した
網戸をはめた大きな窓のところにやってきて、いるか、と聞く。
祖父や叔父よりも祖母に会いに来ていたのだったか。
あれをもらったとか、これが取れたとか。そういうのをもってくる。
僕のことも覚えていてくれた。


最後に会ったのはいつだったか。
高校、大学と必ずお盆と正月は帰っていた。
ぼけたのか、亡くなったのか。全く思い出せない。
薄情なものだ、と思いつつも、そういうものか、とも思う。
10数年ぶりに思い出した。その顔を、その声を。
田舎の人の、素朴な笑顔を。


「とよひこ、もっとしっかりふんばって立て」
「あっちに投げるといいぞ」
「おー、大きいのが釣れたなぁ」
日に焼けた顔をくしゃくしゃにして笑う。


もちろんのことだけど、
あの時古びたクーラーボックスに入れて持ち帰って家で焼いてもらって食べた鮎。
あれに勝る鮎に出会うことはない。
だから僕は鮎がおいしい魚とわかっていても、店で頼むことはない。
どれだけ高級な店であっても。


あの時以上に素晴らしい釣りもなかった。
失われたものは、大きい。