寓話

主人公の女性は、毎日リアルな夢を見ている。
目覚めているときと夢見ているときとで感覚の質感が変わらない。
どこにも存在しない架空の町の中でもうひとつの生活を送っている。
小さい頃からずっと。その町でもまた成長してきた、とも言える。
彼女はそのことを黙っていて、誰にも言わずにいる。
夢の町を自分にとってとても大事なものと感じている。


二つの世界があって、行き来する。基本的に交わることはない。
しかし何人か、どちらの世界にも現れる人がいることに気付いた。
どちらであっても彼女の人生に深く関わらない。
人が足りなくて脇役が共有されている、というような。
彼女は「あ、あの人がいるな」とは思うが、それ以上のことはない。
淡々と生活を続けていく。


あるとき、そのうちの1人と目が合う。
若い青年で同い年ぐらいだ。見かけると気になりだす。
「今日も会えたんだ」
だけど彼女の方から彼に声をかけることはない。
どこか不安なものも感じる。


それからしばらくして。
公園のベンチに座っていると彼が近づいてきて、隣に座った。
彼の方から話しかけてきた。
「あの、もしかしてあなたは」
積極的な彼は手を握る。
その声、その匂い、力強い手の感触。
彼女は恋に堕ちる。


数回のデートを重ねて、関係を持つ。
明け方彼はその部屋を出て行く。
彼女は初めて、夢を見なかった。


その後ずっと、夢を見ることはなかった。
彼と出会うこともない。


自分の中の半身をもぎ取られたように感じつつ、
しばらくは喪失感に打ちのめされつつ、生きていく。
何をしてもその空洞が満たされることはない。
彼女は後悔する。
不安を感じていたはずなのに、なぜあんなことをしてしまったのか。


すさんだ生活を送って、数年。
また夢を見るようになった。
しかしかつてのようなリアルな質感を持つものではない。
凡庸な、取り留めのない夢だ。
ようやく彼女は諦めがつく。


あの青年を見かける。
何も変わってないようでいて、彼もまた数年分年を取っている。
すれ違うとき、彼は彼女に気付いてないようだ。
彼女も黙って通り過ぎた。