高校時代の友人が亡くなって、その葬儀の時に久しぶりに顔を合わせる。
2年前に同窓会の総会の幹事学年となって百数十人が青森に集まっただろうか。
一学年450人ぐらいいたから、その時でも半分以下。
連絡つかない人も多い。どうしているのだろうかという話になった。
あの頃の人たちには会いたくない、という人もいるだろう。
会いたいけど連絡先が分からない、という人もいるだろう。
引っ越して青森に実家がない人であるとか。
僕らの世代は高校時代にメールも SNS もなかった。
携帯電話もポケベルもなかった。
友人宅の電話番号をメモしたものを紛失してしまったら、それっきりとなってしまう。
引っ越すときに新しい連絡先を伝えそびれたら、それっきりとなってしまう。
それが普通だった。
偶然、思いもかけない場所で再会しない限り。
そういえば、高校の同級生を学生時代、東京で偶然見かけたことが三回ある。
一度目は新宿駅東口の改札で人を待っていた時に目の前を通り過ぎて行った。
高校時代特に話したこともない人だったのでそれっきり。
上京して数カ月の頃だったから気が付けた。今なら無理だ。
向こうも僕のことを覚えてなかったと思う。
同じクラスの女の子だったけど、誰かと一緒だったので声をかけにくかったし、
一瞬後にはもうかなり遠ざかっていた。
三度目は中央線の中、やはりクラスメイト。
何度も話したことのあったやつなのに、なぜ声をかけなかったのだろう。
逆に言うと、僕に気づいたけど声をかけなかったということもあるんじゃないか。
同級生ということでは確かに懐かしい存在だが、名前が思い出せないとか。
お互い変わってしまっていて、あるいは忘れてしまっていて、
偶然すれ違っていたとしても気が付かないということもあるだろう。
それはかなり多いんじゃないか。
意外と近いところで働いていた、住んでいた、というような。
青森に帰った時ならまだしも、
そこで高校の同級生に会うことはないだろうという場所ならなおさら。
そしてあと10年もしたら今とは比べ物にならないぐらいのハイペースで
病気や事故で亡くなっていく。
あの時会ったのが最後だった、それっきりになってしまった、
ということになっていくのだろう。
そんなことの連続になっていくのだろう。