119番

1月19日。119番を思い出す。
火事で呼んだことはないが、消防車で呼んだことがある。
大学2年生の時か。
その日具合が悪くて寮の2段ベッドで寝ていたら
なんだか辛くなって同期に電話をかけてもらった。
しばらく横になって待っていたらサイレンの音が聞こえた。
同期の肩にすがりながらふらふら歩きないて通路を渡って乗り込む。
その同期が一緒に乗って行くことになった。
たいした距離は走らず、駅前のすぐ近くの病院に運ばれた。
この距離の短さがなんだか恥ずかしかった。
 
当直の若い先生の診察を受けると、ただの風邪。
薬をもらって歩いて帰った。
あの苦しさはいったい何だったのだろう?
同期に助けてもらいながら寮まで戻って、これまた恥ずかしかった。
次の日には治ったと思う。
風邪ではないはずだが……
 
学生時代は付き添いで乗ることもあった。
映画サークルで猿のように酒を飲みまくっていた時期があって
その夜も雑居ビルの居酒屋で安い酒を飲んでいたら
後輩が意識をなくして急性アルコール中毒
119番にかけた後で何人かで後輩を抱きかかえながら外に出て救急車を待つ。
いざ来て後輩を担架に乗せると、救急隊員が
「誰も乗らないのか。誰か一人乗れ。おまえら友達がいのないやつらだな」と怒鳴る。
そのメンツの中では僕が一番学年が上だったので僕が乗って行くことにした。
救急隊員も学生のイッキ飲みやバカ騒ぎで呼び出されて苛立っていただろう。
このときは割と遠くの病院に運ばれたように思う。
 
暗くなった待合室で酔いも覚めて、一人きりベンチに座って点滴が終わるのを待った。
スマホもなく PHS が電話をかけられるだけ、という時代。
後輩はケロッとした感じで起き出して、「オレ、なんでここにいるんですか?」と。
 
救急車ではないけど、思い出したこと。
ある夜、近くに住む後輩の女の子から電話がかかってきて、
具合が悪くなったので病院に連れて行ってほしいと。
確かにものすごく辛そうな、今にも倒れそうな声。
自転車で慌ててその子の家まで行く。
救急車を呼ぶと大変だからタクシーで行くという。
どうやって呼び出したのかは思い出せず。
タクシーに乗っていたらその子は後部座席に吐いてしまった。
病院に着く。タクシーの運転手は機嫌悪そうに、
クリーニング代として2,000円余計に請求するという。
女の子は立っていられる状態ではなく、僕が財布を出して
仕方なく言われたとおりに支払った。
 
金もない学生から2,000円も取るのか、と腹が立った。
しかし今、大人になって思うと
タクシーの座席カバーのクリーニングってほんとはもっとかかるんじゃないか。
しかも嘔吐物だと。臭いもあるし。
イライラしながらも、こいつら金がないだろうからと
僕らに出せそうな金額で折り合ってくれたんだろうな。
ひとつの優しさなのだなと今は思う。
悪いことをしてしまった。
腹を立てた僕は未熟だった。
 
その後救急車を呼ぶことも、同行することもなく過ごす僕は
周りも健康で幸福な人生を送っているのだろう。
普段はそんなこと考えもしないけど、ふとそのことに気づいた。