床屋というもの

他の人はどうしているか知りたいけど、わざわざ聞いて回るほどでもない。
というか面と向かって聞くのはなんかどこか変、というものがある。
例えば、床屋に通ってる人に聞きたい、どうやって床屋を見つけているかという問題。
 
美容室だと事情は違う。
美しくなりたい、美しくありたい、それでいて身の丈にあったレベルで、
と意識的に情報交換し合ってそこに決めるものだと思う。
しばらく通って他に変えるということもよくあるはず。
一方で床屋というものはそこまで積極的に探し回るものではなく、
家の近くにあるいくつかから無造作に決めた一軒に、半ば習慣的に、惰性で通う。
よほど腕が下手でなければ、いいも悪いもない。そんなイメージがある。
遠くに住んでいる友人に紹介してもらってわざわざ赴く、ということは少ないと思う。
 
でも、そのたまたま入った近くの床屋というものがしっくりこなければ
毎月毎月他の床屋を試し続けて腰が定まらない、落ち着かないということになる。
 
僕は高校生までを青森市古川の、母の知り合いだった床屋に通っていた。
今は店を畳んでいるが、社会人になって十年ぐらいは帰省の度に顔を出していた。
大学3年から修士2年までは3年・4年目の寮の向かいにあった美容室に通っていた。
あそこはいいと語る友人が何人かいたのがきっかけだった。
社会人になって1年目は金がなく、オフィスの近くにあった1,000円カットの店だった。
2年目ぐらいから荻窪駅からアパートまでの途中にある床屋に。
行き帰りに通りがかって、ここはいいんじゃないかと思うようになる。
でもそれでも勇気を出して入ってみるまで半年ぐらいはかかったんじゃないか。
その店に20数年経った今でも通っている。
引っ越して荻窪から出た今も通っている。
 
大学1年から2年の間は定まらない時期だった。
最後は駅の近くの新しめの店に何回か言ったと思うが、
それ以外はいくつかの店に行ってみて、
ドキドキしながら吉祥寺で初めての店に入ったりして、大学生協の安い店も試してと。
そのたびに髪型をどうしたいのか伝えるのがめんどくさい。
いつもの、で済ませたい。
今の荻窪の店のマスターは1cmほど切って耳を出してと覚えていてくれる。
そう、その手続き、やりとりをめんどくさいと思う人は床屋を変えず、同じところに通うことになるだろう。
かといって試行錯誤中に入ったある店は一人一人カルテを用意していて
どのように髪を切ったか記録を残していた。
それもなんか違う、と思った。
 
僕はもう引っ越して荻窪にはいない。そのことを知っている。
なのに、この先にあったオフィスビルが解体されて今度はマンションになる、
8階建てで、最上階はワンフロアで2億円だって、という話を聞きながら
へー! とか反応するのが楽しい。
 
そのマスターも80代。
まだまだ元気なのであと数年は、と思うが、それもいつまでか。
その日が来たらどうしようと思いながら毎月通っている。
その日は来ないものとどこかで思っている。
 
他の人はどうしているのだろう、と思う。