こういう話

こういう話。
主人公は40を過ぎて、サブカル系WEBサイトのライターで食っている。
中央線沿いの古びた二間のアパートで万年床の周りに本とCDが山積み。
食事はコンビニか松屋とか。
書いてる記事は秩父の山奥の廃墟を一人で訪れたとか、
秋葉原のでか盛カツ丼にトッピングしまくって食べたとか、そういうの。
ノリだけで書く、永遠の中二男子向けのもの。
 
かつては彼にも夢があった。小説家になりたかった。
せめて文章を書く仕事に就こうとライターになったときは、
いつか AERA であるとか JAL の機内誌であるとかそういうところに書けるようになろうと思った。
今や20代の若手ライターの方が見つけてくるネタの方が面白いし、文章もはじけている。
とっくの昔に自分は時代遅れになっているという自覚があって、だけどどうすることもできない。
新しい仕事を探すのがめんどくさいし、それ以上にやめるということがめんどくさい。
惰性でダラダラ今の仕事が続いている。
もちろんそれだけでは食えなくて、一日の大半は深夜か早朝のビル清掃の仕事をしている。
 
そんなある日ライター仲間と飲んでいたら、なんかさ、もっと体当たりな記事書きなよと言われる。
こういうのどうだ、ああいうのどうだ、と喧々諤々しているうちに
かつて好きになった女性たちに会いに行くというのはどうかと。
きもい! きもい! と盛り上がる。やりなよ、やりなよと背中を叩かれる。
次の日、デスクに企画を求められたときに話してみると感触がいい。
それいいんじゃない、となる。他の記事はいらないよ、と言われる。
 
それまでの人生で好きになった人を数え上げてみる。
結構時間がかかる。基準を設けてみる。一年以上好きだった人。
そうなるとかなり絞られてくる。
5人か。そのうち2人は告白してフラれた。3人は告白すらできなかった。
その中の1人は SNS で今もつながっている。残り4人は消息を知らない。
 
そのうちの1人は共通の友人も多く、かつてフラれた後も時々会っていた。
まずは相談してみようと飲みに誘った。
企画のことをメッセージで送ると、たまに記事を目にすることあるし、仕事のことなら協力するよという。
唯一知っていたコの字カウンターの居酒屋。
さっそく話すとキモッ! と笑われた。彼女は言う。
「そういうのもいいけどさ、恥ずかしいところをさらけ出して笑いものになって、それで終わりでしょ?」
もっと他に会うべき人がいるんじゃないの? と。
「私、小学校や中学校の時の先生に会ってみたいと時々思うんだよね。どうしてんだろうと」
彼女は今も結婚していない。もしかしたら俺と……、ということもあるかもしれないとどこかで考える。
 
家に帰って半年ぶりぐらいに実家に電話をする。
母親が出たので聞いてみる。
小学4年生のときの担任の先生を一番慕っていた。先生もかわいがってくれた。
(5年、6年の時の担任の先生とは折り合いが悪かった)
もう30年になるので、20代だった先生も教頭や校長になっているのではと思っていたら、
母親は意外なことを言う。
「あら、知らなかったの? あなたが大学に入った頃、先生のお父さんが、ほら、土建屋やってたでしょ?
 事業に失敗して倒れて、先生が肩代わりしなきゃいけなくなって相場に手を出して、
 どうにもならなくなって詐欺事件の片棒を担いで捕まって。
 一家離散。出たあとまた事件を起こして、今も刑務所の中にいるんじゃないの?」
 
え? あの優しかった先生が?
ネットで探すと記事が見つかる。
そんな転落、漫画とか映画の中だけだと思っていた。
もっと深く調べようと国会図書館にも探しに行く。今もまだ服役中と知る。
会いに行くことはできるだろうか。
その前に手紙を出した方がいいだろうかと考え、手紙を書いて送ってみた。
 
主人公はビルの清掃を続けながら返事を待つ。
なかなか返ってこない。
諦めかけたころ、返事が届いた。