こういう話

こういう話。
主人公は放火という行為、火事という出来事に魅せられてきた。
燃えている家を見たとき、ゾクゾクしてたまらなくなる。
消防車が走り出さないかいつも気になっている。
 
小さい頃からそうだった。
祖父母と暮らす田舎の家の物置小屋を燃やしたのが最初だった。
中にあったのはガラクタだけ、周りに燃え広がることもなかったが、気づいた祖父に厳しく叱られた。
その祖父母も今はいない。
主人公は東京のアパートに一人暮らしている。
火事の動画を探す。
海辺に出かけて家の模型を浜辺で燃やす。
 
燃やしたい。もっと大きなものを燃やしたい。
これまでは何とか我慢してきた。
しかし勤め先を理不尽な理由でクビになって、世の中に対する逆恨みが募ってきた。
その頃、少し離れた町で不審火が続いていた。
連続放火犯がいるようだ。
主人公は思う。彼らの犯行のせいにして自分が火をつけられないか。
 
以前放火のあった地点を地図にマッピングしていく。
その場所はランダムに選ばれて法則性はないようだ。
しかし一定の周期で彼らは放火を行っている。
そろそろ、この辺りじゃないか。
何度も何度も下見に出る。散歩のフリをして住宅街を歩く。
この家、燃やしたら派手で最高じゃないか。
いや、この廃屋だとやりやすいんじゃないか。
 
どうやって火をつけるか。何を準備するか。
主人公にはこれまでの経験、妄想、そしてネットで調べた知識があった。
リュックサックに詰めてマスクをして外に出る。
二駅離れたその町へと向かう。
住宅地の中、ターゲットにした古い家がある。
崩れた塀の中に忍び込む。荒れ果てた庭に草が伸びている。
担いでいたリュックサックを下して、家の裏手に回る。
 
そこには彼の追っていた放火犯がいた。二人の男女。
主人公も驚いたが、向こうも驚いた。
しかし、彼らはすぐ落ち着きを取り戻した。
主人公が警察や消防団のパトロールではないと見て取った。
彼らは既にセッティングを終えていて、その最後の点検を行っていた。
そして火をつけた。
 
二人は付いてこい、と主人公に合図をする。
よくわからぬまま主人公は二人に従う。
塀の外に出てしばらく歩く。
コインパーキングエリアに停めていた黒のライトバンに乗り込む。
男女は運転席と助手席へ。
その後ろの席に別の二人が座っていた。一人は大人、もう一人は子供か。
袋をかぶっていて何も見えない、見せないようになっている。
二人が帰ってきても口をきかない。
主人公はぎょっとするが、二人は乗れ、と促す。有無を言わせない。
自分は想像以上にやばい局面に直面していることを知る。
しかしもう引き返せない。
 
二人が着替えて、車が走り出す。遠くに消防車の音が聞こえる。
主人公は先ほどの家のことが気になるが、彼らは興味を示さない。
燃えている家を見たくないのだろうか?
 
車はコンビニに寄って行く。主人公にもついてこいと言う。
残りの袋をかぶった二人は先ほどから動かず、車からも出てこようとしない。
しかし殺されているのではない。
コンビニの中で男女は主人公と、昔からの友人化のようにふるまう。
 
また車に戻る。郊外の団地に着く。その外れの一軒家だった。
男女は荷物を担いで家の中に入る。
袋をかぶった二人も従う。
さっさとしろよと男は袋をかぶった誰かの足を蹴る。
よろけるが、無言で付き従う。
散らかった家だった。一仕事を終えたから飯でも食うか、と男は言う。
こたつを囲ってコンビニで買った弁当を食べる。二人は缶チューハイを飲む。
袋をかぶった二人には何も与えない。少し離れたソファーに並んで座るだけ。
こいよ、と脅されて主人公もこたつに入って弁当を食べる。
 
主人公の名前は聞かれるが
男はあまり話さず、だが言葉の端々に凄みがある。
女の方がよく話す。絶え間なくうるさいぐらいに話す。
主人公は何をしていたのか、何をしようとしていたのか聞かれる。
正直に放火しようとして、と告白すると笑われる。
持ち物を見せろと言われてリュックサックを開けて中を見せて、
そんなんじゃできねえよと笑われる。
少し酔いの回った女の話はとりとめなかったが、
誰かに依頼されて仕事として放火を行っていることがわかる。
立ち入ったことは主人公は聞かない。
彼らも依頼主の先に何があるのかは知ろうとしない。
お前も放火をしたいなら仲間に加わるか、という話になる。
主人公は頷くしかない。
しかし、口封じに自分も殺されるんじゃないかと怖くてたまらない。
逃げ出す機会はないか。
自分が先に眠ってしまったら終わりじゃないか。
 
袋をかぶったうちの小さい方は彼らの子供だということがわかる。
何も見せたくないが、側から話したくないので連れて歩いていると。
もう一人の袋をかぶった大人については何も話さない。
主人公は考える。このもう一人についてはよくわからないが、
少なくともこの子供はここにいるべきではないし、助けてあげるべきではないか。
 
夜遅くまで男女は飲み続ける。
主人公も言われるがまま、機嫌を損ねないように、しかし少しずつ缶チューハイを飲む。
そのうちに男女は酔っぱらって眠ってしまう。
改めて主人公は家の中を探る。
内側からカギがかかっていて外に出られないようになっている。
カギはどこにあるんだろう?
主人公は袋をかぶった子供に話しかける。
子供は袋を外す。男の子。彼らはそれでも自分の親だという。
男の子は二人を起こす。
男は主人公に、なんで出ていきたいのか? と聞く。
主人公は怖くなって、否定する。そして謝る。
こうなりたいのか、と男は袋の大人を殴りつける。
主人公は痛みに耐える男の声を初めて聞く。
そうか、この袋の男が死んでしまった時の次の袋の男が自分かと気づく。
 
もうすぐ夜が明ける。
そこで主人公がとった行動は……