あるところに記憶をなくした人たちの住む村がある。
皆、自分がどこから来たのかわからない。
それまでどこにいて何をしていたのか、記憶がない。
そこに住んで何十年という人もいれば、
つい昨日村に着いたばかりという人もいる。
ここは仕事の世界なのでは、と最初は誰もが思うが、
自分が死んでいるという実感がない。
普通に疲れたり、腹が減ったり、眠くなったりする。
というか、事故や病気で亡くなって村の中に埋葬される人がいる。
村の外には出られない。
山を越えて隣の村というものがあるが、
そこは同じように記憶をなくした人たちの村となる。
それがどこまでも続く。
自動車や鉄道もあるが、その終点もまた記憶をなくした人たちの村となる。
(彼ら、彼女は元々自分がどこにいたのか、
ある時からの記憶がないのだから日本という国の中の地域という概念がない。
本はあっても、歴史や地理は記憶をなくした者たちの住む領域n赤に限られる)
人はある時その村の中で目を覚ます。
何も持たない。何も思い出せない。
周りの人たちに助けられながら生活を始める。
名前を付けられ、職業に就く。
家を借りて住む。賃金が与えられる。
村長は記憶をなくした人たちの中から選ばれる。
多くの人はかつて自分が記憶をなくしてここに来たのだということを気にしなくなる。
そういうものなのだと受け入れるようになる。
あいつはいけ好かないやつだと思うこともあるし、職場に派閥も生まれる。
食料品の店に特売の日が設けられることもある。
主人公の男性は村に来るまでの記憶をなんとかして思い出そうとする。
見る夢に痕跡があるのではないか。
水中深く潜って呼吸が苦しくなる時、身体がその枷をはずすのではないか。
長老は何かを知っているのではないか。
しかし、何の手がかりもない。
とある女性と出会い、家族になる。
妻はそのことをもはや疑問に持つこともない。
子供が生まれる。子供はその村の記憶しかない。
何の疑問もなく幸せそうに生きている。
その笑顔を見るとそれでいいのでは、自分もそれを受け入れたほうがいいのでは、と思う。
わかってはいても心のどこか奥底にもやもやとしたものがある。
年老いて、自分の死期が近いことを知る。
家族に囲まれた病床にて過去を思い出す。
死の瞬間を迎える。
やはり何も思い出すものはなかった。
次の瞬間、男性はとある村に自分がいることを知る。
それまでどこにいたのか思い出せない。
名前もなく、手にしたものもなく、
ただ、これから先の未来に対する漠然とした不安を胸に抱く。