突入

【イメージ】


気がついたときには僕らは川の上を漂っていた。
何人かで固まって、あるいは1人1人切り離されて、
疲れきってボロ切れのようになった心と体で筏や救命ボート、
あるいはそれに類するものに乗っかってぐったりしていた。
垢じみた服は擦り切れ、髪も髭も伸び放題、虚ろな目はいつだって幻を見ていた。
「川」は向こう岸が見えないぐらい大きく、いつも霧がかかっていた。
流れはそれなりに速い。急流に激流。
穏やかな場所もあることにはあるが、もちろんそれはわずかしかない。
そしてところどころ岩が突き出ている。
ぼやぼやしているとぶつかってしまい、水の中に投げ出され、溺れてしまう。
遠くから鳥の声。腐った植物が水面に浮いている。
見たこともない生き物が流れに逆らって泳いでいる。


いつからここでこうしているのだろう?
僕は今から1年か2年前に(もう思い出せない)
やつらによって拉致され、分けの分からぬまま放り込まれた。
その頃はまだ船は船の形をかろうじてなしていた。
地図の上に目的地があってどこかへと向かおうとしていた。
あれは冬の寒い頃だったろうか・・・、
敵からも味方からも攻撃を受け、船は完全に破壊された。
僕らは激流に揉まれながらも流木につかまり、体制を立て直そうとした。
岸を見つけて逃げ出したもの、発狂したもの。脱落した兵士がいると補充がなされた。
いつのまにか兵士(傭兵含む)の数は数え切れなくなっていた。
そして今に至るまで敵からの攻撃は休みなく続く。
矢が放たれ、槍が投げられ、魚雷が爆発し、ナパーム弾が投下される。


日々指揮系統は複雑化していった。
新しい分隊が、階級が、生み出されては消えていった。
隊長の姿は消えてなくなり、どこからともなく新しい隊長が現れた。
(隊長の上にはさらに上の立場の将軍とでも呼ぶべき立場の人がいることが
 最近おぼろげながら見えてきた)
「作戦」は続くらしい。
具体的なミッションに関して誰に何を聞いても明確な答えは返って来なくなってきたが、
それでも毎日の日々は澱んだ川の流れと共に轟々と過ぎ去っていった。


僕は一人用のゴムボートに乗って日々ぐったりしていた。
僕にできることはもうなくなった。
ライフルを磨いて試しに発射してみたり。
突撃する敵のイメージを思い浮かべてみたり。
1日が過ぎ去っては紙切れに×をつけて食糧の数を数えた。
とっくの昔に何が現実の世界なのかわからなくなっていた。


「どうもそろそろらしい」という噂があちこちで聞こえ出す。
僕は大声で「何が?」と側にいる誰かに問い掛けるもの
「とにかくそろそろ行くらしいぞ!」という答えが返ってくるだけである。
遂に最終決戦だろうか。
ずっと前から噂されていた。
そうか、そのときが来たのか・・・。


ある朝、隊長の声がスピーカーを通して響き渡る。
流れは急になり、僕らはボートや筏にしがみついている。
なにやら大きな音が前方から聞こえてくる。
「君たち、よく聞いてくれ。
 君たちの目の前には今、滝が待ち受けている。
 大きな滝が口を空けて待っている。
 ここまで来た以上飛び込んでみるより他にない。
 運を天に任して、さあ、行くぞ!!」




・・・というわけで僕は今オフィスで混乱の真っ只中で過ごしている。
昨晩僕は先陣を切って突入して、後戻りできなくなった。
もうだめだ。僕は古びたゴムボートにしがみついて、激流に身を任せている。