学生時代に深夜の調剤薬局で事務のバイトをしていたときに
当直の薬剤師の人から聞いた話。
その人は以前、精神科の大病院の近くの薬局で働いていた。
精神科にかかっている患者ばかりが日々訪れる。
「中には、ものすごくきれいな子もいるんだよ。
そういう子が、結構いるんだよ」
話の前後は省略する。というか忘れた。
でも、時々思い出す。
この世の中がどういうものかってことを考えたとき、真っ先に思い出す。
親子でかかっていて、母も娘もきれいな人だった、
なのに娘は「神様が・・・」とか呟いていたのだという。
それまでどういう過去があって、
そこから先どういう未来があったのか。
どういう家に住んでいて、どういうものに取り囲まれていて、
何を食べていて、日々何をしているのか。
・・・そんなこと、考えちゃいけないんだろうな。
これまでで最も楽しかった思い出はなに?
これまでで最も悲しかった思い出はなに?
好きな色は?
嫌いな人は?
嫌いな色は?
好きな人は?
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例えば僕は今、そのきれいな子と2人だけで
地平線の彼方まで広がる草原の中に立っている。
優しい風がそっと通り過ぎて、草原がゆっくりと波打つ。
僕も彼女もそれを眺めている。通り過ぎた風がどこかに消えていく。
僕と彼女はそこに全く別なものを見ているのかもしれない。
語ろうとするその言葉は、お互いに通じないかもしれない。
(もしかしたら「正しい」のは彼女であって、
僕はこの世界の常識とやらにがんじがらめになっていて
僕の考えることは単なる条件反射に過ぎないのかもしれない)
(いや、そんな「きれいごと」の通じる物事では決してないだろう)
気がつくと彼女はいなくなっている。
僕はたった1人、取り残されている。
いや、振り向くとそこには大勢の「普通」の人たちがいて、
それぞれの方向に向かって歩いて、喋って、立って、寝そべって、以下省略。
草原はそういう人たちで覆い尽くされる。
地平線の彼方まで。
僕は彼女の歌った歌を聞く。
彼女は歌ったのかもしれないし歌わなかったのかもしれない。
わかってる。彼女は歌わなかった。
99%僕の錯覚に過ぎない。
だけど僕は彼女が歌ったことにして、
草原の中に立ち尽し、彼女の歌を聞くだろう。
そして僕は目を閉じて、この両手で耳をふさぐのだろう。