何の変哲も無いとんかつ屋のカツカレーというもの

これまでに何回か書いてきたことであるが、
吉祥寺の名店「丼花」がもう何年も前に閉店して以来、
ここを超えるカツカレー・カツ丼には出会ったことがない。


そんで今日はカツカレーなのですが。
ここ10年で「これはすごいかも?」と思ったのは
町田の「リッチなカツカレー アサノ」ぐらい。
最近だと神保町「新世界菜館」の排骨カレーは
「その手があったか!」と驚きだったけど、「丼花」に並ぶほどのものでもない。
神保町「まんてん」と「キッチン南海」のカレーは
B級グルメとしてとても味わい深いけど、
それぞれ「まんてんのカツカレー」「キッチン南海のカツカレー」として
閉じられたジャンルを形成している。普遍的ではない。


神保町界隈にはいくつかとんかつ屋があって、
そのうちのひとつに僕は時々入る。
特にうまいわけではない。挙げたてなのはいいけど、脂身が多かったり。
でも、何の変哲もないカツカレーを食べることができる。
千切りのキャベツとごはん、いたって普通の定食屋のカレー。
40代・50代の白いYシャツを着たサラリーマンたちで
昼は意外とすぐいっぱいになる。


夜入ったことは無いが、昼は母娘2人だけで切り盛りしている。
こう書くと幸薄そうだけどそんなことはなく、2人ともいい年した太ったおばさん。
店もいい感じに雑然としていて特にとりえは無く、
どことなくなんとなく全体的に長年の油でべとべとしている。


揚げるのは娘で、運ぶのは母と役割が決まっている。
昔は父が揚げていたのを、何らかの(不幸な)事情で娘が継いだのか…
来る日も来る日もサラリーマン相手にロースカツやヒレカツを揚げて、
夜帰ってきたらドラマやバラエティ番組を見て、寝る。
母一人、娘一人。一つ屋根の下で。


適当だけどそんなストーリーが浮かんでしまったが最後、
その店をひいきとせずにはいられない。
通わないとかわいそうな気がしてくる。
そして僕以外他の人が食べているのにめったに出くわすことの無い
カツカレーをカウンターの隅で食べることになる。
「何の変哲も無いとんかつ屋のカツカレーというもの」の魔力としか呼びようが無い。
ラーメンやハンバーグではこんなことは起きない。
市井のとんかつ屋には独特の雰囲気がある。


黙々とボールに玉子を溶いて、パン粉につけて、熱く煮えた鍋の中へ。
皿にキャベツを盛って、ご飯をよそって、
揚げたてのカツをまな板の上でザクザクと切って、小鍋で温めたカレーをかける。
その一部始終をなんとはなしに観察しているうちに、出来上がる。
やっていることはたいして変わらないのに
チェーン店のカレー屋にはあの味は出せない。


思えば東新宿にも同じような店があった。
常駐していたとき、毎週のようにそこで食べていた。
今でも時々、機会があると食べに行く。取り立ててうまいわけではないのに。
こういうこだわり、僕だけなのだろうか?