翼をください

2013/4/11 全世界で流星群が目撃される。
その10ヶ月後、世界中で翼を持った子供たちが生まれる。
例外はなし。
人類は否応なしに新しい「進化」を迎えて、新人と旧人に分かれた。


16年後。2029年。数ヶ月の差で
彼女には翼があった。彼には翼がなかった。
彼女はゆっくりと空を舞った。彼は地上でそれを眺めた。


彼は空を飛ぼうとした。
それまでの人類が、そうしてきたように。
人工的な翼の制作に熱中した。何度も失敗を繰り返した。
彼女はそんなことしなくていいのに、と思う。
ただそこにいてくれるだけでいいのに、と思う。
空を飛ぶということは
飛べる人間にしてみればそれほど楽しいことではないのだ。
その分自分は、自分たちは何かが失われたのではないか。
それが何かは分からないけれど。
人類の未来が明るく感じられないのはなぜなんだろう?
彼女はひとり離れたところに立って、走り出す彼の姿を眺めた。
そこが砂浜だったから、その向こうの寄せては返す波を眺めた。


帰り道、翼を折り畳んでバスに乗った。
一番後ろ。彼は隣の席に座った。
彼はいつもそうするように彼女の翼にそっと触れた。
いや、いつもそうするように人目につかないように撫でた。
無表情なまま。虚ろな眼差しで。
彼女はそんな瞬間が最も嫌だった。
だけど、いつもそうするように、好きなようにさせた。
その手が離れた。彼は恥ずかしそうな顔をしてみせた。
そして、そっと笑った。彼女は前の方を向いた。
そこにはたくさんの人たちがいた。
人の幸福は、翼の有無には関係がない。
私は今、幸福なのだろうか?


同じバス停で下りた。
彼は機材を持ち上げて、反対の方角に歩いていった。
彼女もまた、ひと気のない通りを歩いていった。
飛びたいとは思わない。このままずっと歩いていたい。
一歩踏み出す度に翼が揺れる。
その重さのことを取り止めもなく、思う。