ライ・クーダー

アメリカのルーツ・ミュージックに時々触れたくなるんだけど
どっぷりシリアスなものだと日本人の僕には濃ゆくて
一度聞いただけでおなかいっぱいになる。
そんな中、ライ・クーダーだけは胃もたれせずサクサク聞くことができる。
70年代中期の名盤『Paradise and Lunch』や『Chicken Skin Music』は
高校時代に渋谷陽一のディスクガイドで出会ってレンタルで借りて、
以来今も飽きずに聞き続けている。


音楽的知識が豊富でマニアック。
テックスメックスやハワイアン、沖縄音楽など
アルバムや曲ごとにテーマがほいほい移り変わるんだけど
それが肩肘張らず気さくなところが合うのだろう。


それともうひとつ。
80年代末、僕が洋楽を聞き始めたばかりの頃に
Rockin'on を読んでいたら(今思えば珍しく)
ライ・クーダーのインタビューが載っていて、
そこに「僕は世界で最初にデジタル・レコーディングをしたんだ」とあって
それが今でも印象に強く残っている。
ルーツ・ミュージックだからアナログ、ということはない。
基本的に底抜けにフラットな人なのだと思う。


だからこそプロデュースした『Buena Vista Social Club』の
世界的な大ヒットにつながったのだろう。
ヴィム・ヴェンダースが監督した同作品のドキュメンタリーでも
ライ・クーダー自身はさほど目立たず、
ミュージシャンの集まりの一人に徹していた。
根っからのサポート・ミュージシャンなんだなあ。
自分が自分がと前に出ることはない。
だからあれだけ多様な音楽性を自由自在に繰り出せるのか。
音楽そのものに語らせる触媒のような。


そして『パリ、テキサス』のサントラ。
アメリカの乾いた砂漠をスライド・ギター奏でるブルースが
空っ風となって吹き抜けるような。
純度の高い、音楽、音、そのものがそこにある。
歌や歌詞がなくても『パリ、テキサス』のストーリーの肌触りや世界観を伝える。


片やラテン・アメリカのカラフルな極彩色で片やモノトーンの灰色。
このふたつの作品を聞き比べたとき、
同じ一人の人物から出てきたものとは全然思えない。
その美しい広がり。
僕にとっての、アメリカを代表する音楽。