『いちえふ』



前から気になっていた『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』の1巻をようやく読んだ。
描かれた時期は2012年のことだから、既に3年以上経過している。


優れた漫画には2種類ある。
その漫画をどんなふうに描くか、描き方を変える漫画。
その漫画でどんなことを語るか、描くことの領域を広げる漫画。
『いちえふ』はもちろん後者。
ストーリーの語り方、キャラクターの作り方に特筆するものは何もない。
劇画との間のどこかで描かれ続けてきた、ある意味伝統的な日本の漫画。
もしかしたら歴史や科学の学習用漫画の方がぴったり来るような。
だからこそ、リアルに何の虚飾も作為もなく伝わってくるものがある。


3.11 東日本大震災から5年が経過した。
多くの人にとってその記憶は風化し、
ネットやテレビのニュースで時折垣間見るものとなった。
復興はどこまで進んでいるのか、福島第一原発廃炉はどうなったのか、放射能は今も降り注ぐのか。
外側にいる人々は憶測するしかなく、結局は自分の都合のいいように解釈する。
内側から、自ら見聞きした出来事を淡々と証言する本書のような漫画は貴重である。


作者「竜田一人」は仮名。
今も匿名の人であり続けている。
東京で売れない漫画を描きながら職業を転々として、たまたま前の会社を辞めたのが震災の頃。
どうせ行くならと福島第一原発を希望するが、
ハローワークで探し始めてから実際に足を踏み入れるまでに一年もの時間を要している。
下請けの下請けの下請けのような業者はいくらでもあるが、その後連絡がつかなくなったり。
ようやく呼ばれて福島県内に入っても仕事がない。
望むならいくらでもあるのだろうと思っていたら案外そうではない。
末端の現場の周辺は混沌として何がなんだかよくわからないことになっていた。
しかし働き始めると防護服を何重にも着るというだけで
人が働くという意味では内も外も大きくは変わらなかった。
気をつけるべきことがあって、休憩があって、終わったらパチンコや競輪へ。


ふと気付くが女性が全く登場しない。
福島第一原発の中は特に。
女性の身体にとって放射線量が危険だったのか。
むさくるしくて女性は近寄らないほうが身のためという場所だったのか。
どちらでもあるのだと思う。
いや、2巻や3巻にはそのことが描かれているのか。
どうなんだろう。