演劇部ものの出だし

演劇部の部室。4畳半もない狭い部屋。
壁や天井はポスターで埋め尽くされている。
野田秀樹松尾スズキなどによる東京の有名な劇団。新しいものではなく色褪せている。
他に演劇コンクールの県大会。何年か前の自主公演。
演劇には関係のない、アイドルやメタルバンドのポスター。
その上にあちこち落書きがなされている。
髭を書くとか。全然関係ない先輩たちの寄せ書きとか。
なぜか畳が敷かれていて、その上に漫画や参考書やポスカが雑多に転がっている。
安っぽくて大型のCDラジカセが隅の方に。伸びたアンテナが折れ曲がっている。
その横には工具箱と鋸がむき出しで。板切れがビニールの紐で束ねられている。


部室の外(本来は校舎の中庭)、割と近くから複数人の女性の声で
「あ、え、い、う、え、お、あ、お」と発声練習が聞こえる。
遠くから野球部の気合の入った掛け声。


2人の男子学生が寝転がっている。学ランを着て。
1人は上のボタンをはずしている。


A「一年生たち、元気だなー」
B「よくやるよな」
A「おまえもあんなだった?」
B「あの頃はバスケ部と掛け持ちだったからな。…大学決めた?」
A「いや、まだ。東京だと私立しかないし。地元にいてもずっとこんな感じだし。オマエは?」
B「仙台や盛岡もありだと思うけど、でもなあ。今から間に合うか。
  世界史と地理、どっちにするかも絞ってない。
 (窓の方に身を少し乗り出して)
  あーあ。こんな日も空はよく晴れている。家帰って勉強した方がいいのかな」
A「そういやさ、3組に転校生が」
B「ああ、美人の。見に行った見に行った」
A「あの子さ、前の学校で演劇部だったみたいよ」
B「そうなんだ」
A「去年の東北大会見に行ったあと、終わってこっそり飲みに行ったでしょ?
  その場のノリで。いろんなやつがいた。その中に同じ高校だったってやつがいて」
B「今もつながってんだ? えらいな」
A「主役やって全国大会まで行ったって。すげえよな。
  本も自分で書く。優勝はできなかったけど」
B「へー。でもなんでそんなのがうちに来るんだ? 市の大会もやっとなのに」
A「まあ親の都合とかじゃない? なんかあんだよ。複雑な事情が。演劇は関係ない」
B「3年の途中から転校なんて普通ないよな。しかも県をまたいで。
  下宿してそのままそこにいて受験するだろ」
A「だよなー」
B「なんにしても、俺らとステージに立つってことはないか。もうこの時期だと」
A「なんかさ、頭もやたらいいらしいよ。前の高校で文系で一番とかで。
  早稲田の文学部が第一志望だけど、先生は東大行けと」
B「なおさらないなー。あっても卒業公演か。こっちから頼んで」
A「やんのかね? うちらの代で」
B「まあ、足りなかったら下にも出てもらって。大道具も照明なんかも頼んで」
A「やるとしてもさ、その子が出てくれるかどうか。
  大学受かって新しい生活が始まるっていうのに何もこっちにいる必要ないよな」
B「なになに、出てほしいの?」
A「オマエもだろ?」
 (顔を見合わせる)
B「…はあ、いいことねえなぁ」


ノックの音がする。軽く。小さな音。
AとBは最初気づかない。
反応を待つ。続けてもう一度ノックの音。
A「あいてるよー」
B「どうぞー」


恐る恐る開く。
Cがドアの外に立っている。
C「あの、ここ…、演劇部ですか?」