怪談本を読んでいると、
小さい頃に一緒に部屋や屋外で遊んでいた、話しかけていた「友達」が見えていたのは自分だけで、
周りの人たち、特に大人たちには、あの子は何で一人で話しているのだろうと思われていた、
というものがある。
僕にはそれはなかったけど、実は案外多くの人にそういう経験があるのではないか。
そしてそのことを忘れてしまっている、という人も多いのではないか。
いろんなケースがあるのだと思う。
とある人形やぬいぐるみが大好きで、部屋の中にいるときはいつもそばにいて話しかけていて、
としていると架空の人格が生み出され、
その人格と遊んでいるひと時のストーリーが紡ぎ出されていくということもあるだろう。
場合によっては幻覚の一種としてその声が聞こえる、表情がわかる、ということだってあるかもしれない。
幽霊に魅入られているということもあるだろう。
その家に居ついた幽霊が、感覚のピュアな子供にだけ見える。
そういう話も多い。
最近読んで、ああ、なるほどなあと思ったのは
人が大事にしている物には彷徨っている霊が入り込みやすいのだと。
人形やぬいぐるみがその最たるもの。
人形を大事にしていた人の部屋で
ケースの中にしまっていたはずなのに夜中動いているとか。
誰もいないはずの2階の部屋で何かが動き回る音、飛んだり跳ねたりする音が聞こえて、
家人がその真っ暗だったはずの部屋に入ると床に人形たちが散らばっていたとか。
妖怪図鑑のようなものを読むと、古くなった箒などの家財道具に魂が宿るとされるのは
魂が生み出されるのではなく、霊が呼び寄せられるのだろう。
長年人が使うことで生きている人の魂の何かがそこに名残として残される。
そこに孤独な霊が引き寄せられていく。
そういうものと会話する、会話していた、ということもあるかもしれない。
それとは別に。
いつも公園でいたあの男の子、女の子、家は分からないけど
いつの間にかそこにいていつの間にか消えていた、
それが実は実在の人物ではなかった、そのことを知らなかった、ということもおそらく多いのだろう。