踏切というもの

毎月23日は「踏切の日」なのだと聞いた。
一時停止して安全確認を徹底する日なのだと思う。
 
さいころ津軽線沿線に住んでいた時は
踏切は身近なものではあったが、
貨物や特急も含めて1時間に1本か2本ぐらい、
下がっているところに出くわすことがあまりなかった。
 
上京して驚いたことのひとつが、電車の本数の多さ。
西武線の駅前を歩いていたら踏切が下りてきて、目の前を1本横切る。
それですぐ踏切が上がるかというとめったになく、続けて逆方向が横切っていく。
快速や特急運転でその駅を通過するというのもあるから
全然踏切が上がらなかったりする。
開かずの踏切」と呼ばれ、これが都会なんだな、と思った。
 
中央線は高架化が進んでいて、踏切待ちということがない。
それはそれで都会ならではの風景だな、と思った。
 
踏切に近づくなと小さいころはよく言われる。
しかし、スピードを上げた列車が通り過ぎるときに巻き起こる風は
どこか心地よいものであって。
砂や埃が舞い上がって白っぽくなるとしても。
田舎の踏切のそういう風が特にいい。
季節は真夏で、入道雲が向こうに見えて。
麦わら帽子をかぶって、虫取り網をもって。
 
カンカンカンという音も都会で聞くと苛立ちの原因となるのに、
田舎で聞くとのんびりしているように感じられるのはなぜなんだろう。
都会の踏切は異物となり、田舎の風景は風景となる。
 
山奥をのどかに走る単線の鉄道の無人駅、
その近くの踏切を見に行きたいと思う。