Frozen Beach (revisited)


ガソリンスタンドの残骸から外に出た。
僕はどこかで何気なくつかんだドライバーを手にしていた。
「さみーな」とリョウジが言った。
「さみーって言ってんだろーが、バカヤロオ」
リョウジは誰にともなく呟いてガソリンスタンドのメーターを足で蹴った。
何度か両足で蹴った後でくるっと振り向いてメーターに背を向けると
凍りついた地面の上で右足を高く掲げて、半回転した。
ドコッという音がする。メーターにダメージを与えた。
技の名前を叫びかけた瞬間、バランスを崩して倒れこんだ。
「いってー」
僕は近寄って助け起こそうともせず、その辺に突っ立ったままリョウジを眺めた。
ドライバーをその辺に投げ捨てた。
ヨウコがガソリンスタンドから出てきて、「何してんの?」と顔をしかめた。


リョウジが起き上がった頃、バタバタバタという音が遠くで聞こえた。
ヘリコプター?
正解。見上げると視界の隅を掠め飛んでいくのが見えた。
深い緑色で全体を塗られている。自衛隊のだろうか。
僕らは「彼ら」に対して手を振ったりはせず、
ただポカンと口を開けてそいつが消えてなくなるのを見つめていた。
「気が付いたかな」
「かもな」
「なあ、先週見かけたやつ、あれと一緒じゃないか?」
「だったらどうだってんだよ?」
「俺たちのことつけてんじゃない?」
「えー?何のため?今さら」


音が完全に消えてしまった後も、通りに出ていたヨウコが必死になって手を振っていた。
何度か飛び跳ねて、駆け出しすらした。
リョウジと僕はガソリンスタンド脇の雪がびっしりとこびりついた壁にもたれていた。
リョウジはダウンジャケットのフードをかぶり直した。顎の辺りから伸びた紐をきつく縛った。
落胆しきったヨウコが戻ってくる。
「何してんだよ?」
「だって助けてくれるかもしれないのに」
「やつらが?」
「そもそもどこの国の人たちだよ?」とリョウジが言う。「日本?アメリカ?中国?」
「日本」と僕が替わりに答える。
「やつらは日本人だよ」
ヨウコはリョウジと僕をキッと睨みつけると、ミユキを探しに事務所の中へと入っていった。
ヨウコが大声で何かを叫んでいるのが中から聞こえてきた。
ヒステリックな叫び声。どうせミユキのことをなじってるのだろう。


シンと静まり返ると僕らはまた空を眺めた。
分厚い鉛のような雲がすぐ目の前に広がっている。
渦巻いて、うごめいて、まるで巨大な生き物のようだ。僕らには一切無関心な生き物。
僕は言う。「やつら、こんなとこで何してんだろうな」
「最後に残るのがいったい誰なのか、見届ける。
 カメラが回っててどっかで実況中継してんだよ。
 そんでアラブかどっかの王様が贅沢な地下シェルターの中で女をはべらせながら見てる。
 俺らは馬扱いされて金が賭けられてるんだな」
そこまで一気に喋った後でリョウジはポツリとした声で続けた。
「なあ、地球上に生き残った最後の人間ってやつになりたいか?」
「・・・それって少しでもいいことあるんか?」
「あるわけねーよな。まったく」
「くだらねえ」
「ああ、くだらねえな」


リョウジはさらに乾いた声で言う。
「俺とオマエと、どっちが先に死ぬんだろうな」