やらかす

土曜の夜、先輩の結婚式の後。
2次会が終わって3次会が終わった時点で終電なし。
場所は新宿西口。
居合わせた女の子がもう1軒飲んでから帰るというので、僕もついていく。
タクシーに乗って3丁目方面へ。
どこかの雑居ビルの2階、小さなバーに入る。ロック系
「私、今アイリッシュ・パンクを聞きたいんですよ。知ってます?」
その辺り僕は全然カヴァーしていない。
頭に思い浮かんだのはチーフタンズとポーグズ。でもちょっと違うよな。


カウンターだけの小さな店。先客が何人かいた。みんな常連のようだった。
彼女がリクエストするとすぐにもそのCDがかかった。
マスターがそのCDを持ってくる。僕の全然知らないバンドだった。
何を飲みます?と聞かれて彼女が頼んだものを「じゃあ僕もそれを」ってことにする。
名前は忘れたが、ラム。ダブルをロックで。
グラスの中に浮かぶ氷が真ん丸で「どうやって作るんだろう?」と
不思議に思ったことを覚えている。
あと、「塩豆」と呼ばれていた白い豆がやたらうまかったこと。
これどこで手に入るんですか?ってマスターに聞いても
問屋から買ってるんでということで市販はされていないようだ。


彼女はこの店に1人で来て飲んでいるらしい。
バーにふらりと1人で入って飲む。
これまでの僕の人生を振り返ってみるに
そういうことをしている人はもしかしたらいなかったかもしれない。


そこでどういうことを話したのかはほとんど覚えていない。
乏しい記憶を辿っていくと彼女はグラスを傾けながら
自分がこれまでに感銘を受けた小説について語っていた。
手元に何もなく、披露宴のメニューの紙にそのタイトルを書いてもらった。
 筒井康隆残像に口紅を
 中山可穂マラケシュ心中」
マラケシュと出てくるのだから、僕は恐らくモロッコについて話したのだと思う。


2杯飲み終えた後、明日は仕事だからそろそろ帰らなければと彼女は言う。
店を出ることにする。
なぜか金額をはっきり覚えていて7,200円だった。
酔っていた僕はどういう理由からなのか
「ええよええよ2,000円で」ということにして残りを払う。
外に出る。彼女がコンビニに寄りたいからと言うのでそこで別れて
僕は1人タクシーに乗って荻窪まで帰る。
スーツを脱いでシャワーを浴びると泥のように眠る。


日曜の朝、宅配便に起こされる。
受け取って、部屋の中に運んで、コーヒーを飲む。
そこで僕はハッとする。
僕は彼女の携帯の番号やメールアドレスといった連絡先はおろか、
名前すら知らない。


何やってんだ、俺。


初対面とはいえ店をハシゴしてずっと飲んでて、だけどそれっきりってことになるのか。
一期一会とか言って?


最後帰るときの支払いで、
「いいんですか?そんなに払って。後でお返しするんで連絡先教えてもらえますか?」
と言われたような気がする。
それに対して僕は「ええよええ。ここは俺が払うから」と
そればかり言ってような気がする。
酔ってて無駄なとこばかり気持ちが大きくなって大事なところに気が回らない。
名刺ぐらい渡しとけばよかったのに。
ほんとダメだな、俺って。


きっと彼女は「おかしな人がいるもんだ」と思っていることだろう。
そんで「ま、いいか」と。
無邪気に遅くまでお酒が飲みたかった人なのだろうと。


あーあ。


筒井康隆中山可穂、2つの小説を読んでみてまた考える。
僕が読んでも面白いのならこの夜のことを悔やみ続けるだろうし、
ピンとこなかったらそれまで。


クリスマスまでもう1週間もないが、
これでまた今年も何事もなく過ごすことになる。