盲人の国

「盲人の国では、片目でも開いてれば王様になれる」


そういうことわざ、というか警句がある。
風刺としてはかなり気が効いていると思う。


試しに由来を探ってみると
H・G・ウェルズの短編、「盲人の国」の一節のようだ。
残念ながら読んだことはない。
なのでどういう話なのかはわからない。
(ウェルズなので、大体のところは想像がつくが)


「盲人の国」を僕は想像した。
そこでは色彩というものは失われてしまっている。
何もかもが色褪せた白に覆われている。


僕はエッシャーの絵のいくつかを思い出す。
そう、入口はあのイメージだ。


盲人の国は白い砂漠の向こうに影のように広がっている。
白い壁、白い窓。白の石畳、白い搭がすぐ背後にそびえる。


頭上を太陽が輝いている。
強い光が全ての色彩を焼き尽くし、白い灰だけが残る。
砂と入り混じって、吹き付ける風が灰の破片を巻き上げる。


彼らは「音」に対して敏感であるがゆえに、
静けさを何よりも尊いものと捉える。
黙して語らないことが慎みとされる。
囁き声で短いやり取りを交わす。
かすかな歌声が広場で聞こえる。
突き破るように子供たちの歓声が湧き上がり、
駆け抜ける足音と共に消えていく。


同じようなことが臭覚や触角についても言える。
彼らは地図にない、
この世の果ての蜃気楼のような街でひっそりと暮らしている。
時間は止まったようになって、
百年先も千年先も同じように暮らし続けるだろう。


このような場所を「片目の見える男」が旅人として訪れたところで
果たして王様となれるだろうか。
盲いているとはいえ、「国」は「国」だ。
何百年も何千年もそれで暮らしてきた人々の知恵がそこに渦巻いている。
見える片目が目にする全ては飲み込まれてしまうだろう。
砂嵐の中、かき消される叫び声のように。
やがてその目には何も映らなくなり、見るものに意味を見出せなくなり、
彼もまた盲人となる。
それまでの旅の記憶を忘れる。


そうだ、そこは死者の住む世界なのかもしれない。
この世界から他にどこに行くこともできない
数限りない死霊たちが永遠の時間を過ごしている。


世界の果てへと旅を続け、誰もがいつかたどり着く。
それまでの記憶を、それまでの全てを失い、
街の片隅にうずくまり、暗闇の中で、声にならない言葉を紡ぐ。