JANDEK

アメリカ、テキサス州ヒューストンに JANDEK というミュージシャンがいる。
ある種の基準で言えば Daniel Johnston の次ぐらいの天才ということになるだろう。
70年代後半に最初の LP を出して以来、今に至るまで50枚近いアルバムを発表している。
その経歴については謎に包まれていて、ごく最近まで人前に出ることはなかった。
本人と直接会ったことのある人はごくわずか、電話や手紙で接点を持ちえた人も少ないようだ。
デビューより30年近くを経て、ようやく最近になってライブを行うようになった。


音は、よく言えば Acid Folk ということになるか。
僕は「Graven Image」というアルバムを吉祥寺の Disk Union で見つけて、
何の変哲もないアメリカの住宅地の風景を切り取った写真が妙に気になって買った。
その頃の Disk Union は JANDEK を大々的にフィーチャーして
何枚もジャケットを並べるぐらい、盛り上がっていた。
場所は Noise / Avantgarde コーナー。
家帰ってさっそく聞いた。
チューニングの狂ったギターをポロンポロンと爪弾いて
メロディーのかけらもない歌を呟く。
それが全15曲ぐらい入っていただろうか。どれも同じに聞こえた。
これが永遠に続くのか?そう思うとめまいがした。背筋がゾッとした。
すぐにも売り払った。
音がどうこう言う以前に、怖かったからだ。それ以上に違和感があった。
正真正銘の××××にギターを持たせて、誰かが悪ふざけでテープレコーダーを回した、
そんな音源のように思われた。そんなの居心地悪いに決まっている。


が、その後何年も後、売り払ってしまったことを後悔した。
いまだ中古屋では「Graven Image」を見つけられずにいるってのもあるけど、
そもそもたった1度聞いただけの音が心に焼き付いて離れない。
後にも先にもあんな音、JANDEK だけ。
いつの間にか僕は JANDEK という存在に興味を持つようになり、
どこかでその情報に触れるたびに貪るように読んだ。


そのうちの1つが、「Songs in the Key of Z」という本。
http://mapup.shop-pro.jp/?pid=2584000
アウトサイダー・ミュージック」のアーティストたちのガイドブック。
今年一番面白かった本。僕みたいな人間にとってはダントツで。
(いつかこの本について書きたいと思う。紹介されたアーティストたちを集めた CD も出ている)
JANDEK についてここまでまとまった情報が得られる本は他にないのではないか?


ドキュメンタリーの DVD が出ているのを見つけて、amazon で取り寄せて今日の朝見てみた。
もちろん日本盤なんてものではなくて、字幕なし。
雑誌の編集者やカレッジラジオの DJ が出てきて、証言する。
JANDEK というアーティストの音楽がいかに素晴らしいか、
それと同時に、現実世界との関わりの少なさに対するもどかしさや
情報源の乏しさにより依然として伝説化されたままの状態への是非を語っている。
レコード評を書いたら短い手紙をもらったとか、
そういうごくわずかな「手がかり」を基にそれぞれが JANDEK 像を描いているのだ。
(有名どころとしては K Records のキャルビン・ジョンソンが登場している)


概ね、「Songs in the Key of Z」での内容と変わらないと思う。
結局は彼がどれだけミステリアスな存在かということに尽きる。
「Songs in the Key of Z」にて、JANDEKとインタビューすることに成功した女性ライターが
この DVD でもその時の模様を語っている。
小ぎれいな格好をしていて紳士的な態度だったとか、彼はビールを飲んだとか。


そういうインタビューの合間に JANDEK の曲が流れる。
「Graven Image」のイメージとは全然違って、「まとも」な曲もいくつかあった。
とはいえ、柳の下に幽霊がいるような雰囲気はどれも変わりないんだけど。
それらの曲の背景としてアメリカの何気ない、寂しげな風景ショットが流れる。
これがなかなか美しくてそれだけでも見ていられる。
ああ、JANDEK もまた、アメリカという巨大な存在のある種の側面を切り取った音楽の1つなのだ、
アメリカを描いているのだ。そんなことを思う。
何かが欠落して、それでも個人の意思とは何の関係もなく淡々と続いていく日常生活を描くというか。
JANDEK の曲・演奏は、普通の人がいい曲だと認識する構成要素がこの世の中に100あるうち、
確実に80を生まれながらにして失っているように思う。
そして残りの20でもがき苦しみながら、彼の願う美しい曲を書こうとしているのだ。


このドキュメンタリーのクライマックスは
80年代半ばに電話で JANDEK のインタビューを行ったときのもの。
英語力がパッとしない僕にはこの JANDEK という人の話し方、その内容は
全く持って普通の人のように感じられた。

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以下、興味を持った人へ。
(普通に生きてる人は興味を持たない方が「絶対」いいです)


近年ようやくライブ活動を行うようになった JANDEK を目撃した人のブログ。
http://blog.livedoor.jp/magneticmagpie/archives/50154409.html


海外のファンサイト。Discography など詳細な情報が得られる。
http://tisue.net/jandek/


なんと MySpace に JANDEK がいた。手っ取り早く音源が聞けます。
個人的には「Nancy Sings」は名曲だと思う。
http://www.myspace.com/jandek


YouTubeにもたくさん映像が転がっていますね。