さしすせそ調味編集術

書くことがなくなって手抜きです。すいません。
編集学校の守で38個の番稽古をやったわけですが、
それら無事全て終わって教室が閉じる間際、物足りない人向けに番外稽古が出された。
もちろん僕は答える。


題して「さしすせそ調味編集術」
文章を「さしすせそ」の調味料で書き分けるというもの。


 さ:砂糖の「さ」。うっとりさせるような、甘さのある表現。
   人を誘うような表現。


 し:塩の「し」。塩辛い表現。顔をしかめるようなきつい表現。


 す:酢の「す」。甘酸っぱい表現。矛盾する感情が並存した表現。
   アンビバレントな表現。


 せ:「せ」は「しょうゆ」。和風な表現。


 そ:ソースの「そ」。エキゾチックな表現、異国情緒豊かな表現


このうち2つで書いてみましょうとなって、余裕のある僕は3つ目もトライ。
かなり頑張って回答したので、ここに残しておきます。


<課題文>
日曜日の朝の都電には三人づれのおばあさんしか乗っていなかった。
僕が乗るとおばあさんたちは僕の顔と僕の手にした水仙の花を見比
べた。一人のおばあさんは僕の顔を見てにっこりと笑った。僕もにっ
こりとした。そしていちばんうしろの席に座り、窓のすぐ外を通り
すぎていく古い家並みを眺めていた。電車は家々の軒先すれすれの
ところを走っていた。ある家の物干しにはトマトの鉢植えが十個も
並び、その横で大きな黒猫がひなたぼっこしていた。小さな子供が
庭でしゃぼん玉をとばしているのも見えた。どこかからいしだあゆ
みの唄が聞こえた。カレーの匂いさえ漂っていた。電車はそんな親
密な裏町を縫うようにするすると走っていった。


    村上春樹著『ノルウェイの森』より (講談社文庫・上巻)


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<回答欄>
【番外稽古:さしすせそ調味編集術】


1)調味料:ソース


この国で太陽を表す日の明け方過ぎ、私の乗り込んだ舟には赤に黄
に緑、それぞれ派手な色の布を身にまとった三人の老婆が先に乗っ
ていた。桟橋から乗り込むと舟が傾いだ。漕ぎ手が口笛を吹き、長
竿を巧みに操って岸を離れる。老婆たちは私の日焼けした顔と私の
手にした咲き誇る白い花束を見比べてなにやら小声で囁きあった。
そしてそのうちの一人が、私の顔を見てにっこりと笑顔を浮かべて
見知らぬ言葉で私に話しかけてきた。私は黙って笑い返した。舟の
縁に腰を下ろすと、私は水辺を通り過ぎていく古びた、草で葺いた
粗末な小屋を眺めた。鳥たちの鳴き声が聞こえる中、舟はその軒先
すれすれを水を切って進んでゆく。ある小屋の陰には赤い実のなる
作物が植えられ、熟しきって重たい実が地面に届こうとしていた。
その横で、あれは猫だろうか?黒い丸まった生き物が日なたにうず
くまって眠っていた。半裸の子どもが小さな広場でおもちゃの弓矢
を手にしていた。重なり合う太鼓の響きと共に、どこからか女性の
歌声が聞こえてきた。香辛料の強く効いた料理の匂いも漂ってくる。
舟はそんなありふれた(もちろんこの国にとっての、という意味だ)
情景の中を、縫うようにするすると進み続けた。


<振り返りコメント>
・まずはエキゾチックの「らしさ」について考える。
 狭義に言えば南国情緒だし、
 広義に言えば現前する異世界、その憧れなのだと思う。


・そもそもこの原文がプチ異世界へ入り込む様を描いているので、
 さらにエキゾチックにするのは実は難しい。
 なのでインチキ南国情緒で塗り固めてみます。
 手っ取り早く、それらしいアイテムに置き換えていきます。
 電車を舟にしたら、一瞬で世界観が出来上がりました。


・トマトを「赤い実のなる作物」というように
 具体的な名前で呼ばないとか、
 話そうにも言葉がわからない、といったのがコツかな。


・あと、体験記風にすること。
 私には、目の前の出来事全てが初めてなんですよ。
 私は知っているようでいて、知らない。
 知らないようでいて、知っている。
 その間で揺れ動く様子を描けたら、と思いました。


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2)調味料:砂糖


日曜日の朝、早起きして都電に乗ってごらん。電車の中では三人づ
れのおばあさんが君のことをお出迎え。君が乗り込むとおばあさん
たちが君の顔と君の手にした水仙の花を見比べてほほ笑むはず。そ
したら君もにっこり笑い返すといい。それが発車の合図。スキップ
しながら車両の一番後ろまの席まで行くと、ほら、ゆっくりと走り
出した。じっとして座ってないで!窓の側に寄って外を眺めてみよ
う。カラフルな古い家並みが見えるかい?電車は家々の軒先すれす
れをすり抜けて行くよ。じゃあまずは最初の家。真っ赤なツヤツヤ
としたトマトの鉢植えが10個も並んでる!そしてその横で大きな
真っ黒の猫がひなたぼっこをしながら君に向ってニャーと挨拶を送
る。隣の家では小さな子どもがシャボン玉を飛ばして、電車は虹色
のアーチをくぐる。耳を澄ませば、賑やかな歌声が聞こえだす。君
の大好きなカレーの匂いだってしてくる。電車はそんな楽しい町の
間をゴトゴトと走り抜けていく。都電に乗ろうよ!都電の愉快な仲
間たちはいつだって君が乗ってくるのを楽しみに待っているよ。


<振り返りコメント>
・「人を誘うような」ってことで僕を君にしてみた。


・じゃあ何が誘ってる?となると、都電かなと。


・躍動感があったほうがよかろうと、メリハリをつけるため
 例えば「黒猫」を「真っ黒の猫」とし、
 トマトにも「真っ赤な」をつけてみる。


・サーカスとその呼び声をイメージ。


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3)酢


日曜の朝、早くに目が覚めた。シャワーを浴びて、着替えて、コー
ヒーを沸かして飲んだ。腹は減ってなくて何も食べなかった。マグ
カップを洗って棚の中にしまうと、壁に掛けていたダウンジャケッ
トを羽織って外に出た。キッチンのテーブルの上にそのままにして
いた、新聞紙に包んだ安っぽい水仙の花束を右手に持って。空は晴
れて雲一つなかった。風が冷たかった。ポケットに両手を突っ込ん
で、花束をぶら下げて、背中を丸めて歩く。駅前まで行って、都電
に乗った。ガラガラだった。後ろの方におばあさんが3人乗ってい
るだけだった。僕が乗り込むとおばあさんたちは話すのをやめて、
僕の顔と僕の手にした水仙の花を見比べた。ぎこちない作り笑いを
してくるので、僕も同じようにぎこちない作り笑いを返した。僕は
一番後ろの席に座ると、窓のすぐ外を通り過ぎていく古い家並みを
眺めた。両腕に抱えた水仙がかすかに湿っていて、そのひんやりと
した冷たさが伝わってくる。こんな花束をもらって、いったい何が
嬉しいというのだろう?僕のことをどんなふうに思っているのだろ
う?電車は家々の軒先、すれすれのところを走っていく。「次は×
×駅」とテープのアナウンスが流れる。あと、3駅。僕は目を閉じ
た。眠ろうとした。はっきりとしない暗闇が広がる。その中にあの
人の姿が一瞬浮かんで、消えて行った。…眠れなかった。目を開け
て、また窓の外を眺めた。ある家の物干しには干からびたトマトの
鉢植えが無数に並び、その横で大きな黒猫が凍えそうな空の下で日
に当たっている。今日はなぜかそんな何気ない光景ばかりが目に留
まった。小さな子供が庭でしゃぼん玉を飛ばしていた。この子もい
つの日か大人になるのだろう。なんとなく、そんなことを考えた。
どこからか古い歌謡曲が聞こえてきて、タイトルを思い出そうにも
思い出せない。映画の主題歌だったか、コマーシャルで使われたの
か。電車が止まってドアが開いた。おばあさんたちが連れだって出
て行った。しんと静まり返って乗客は僕だけになった。ドアが閉ま
る瞬間、向こうからカレーの匂いが漂ってきた。電車が走り出す。
あと、2駅。僕は抱えていた水仙の花束を席の横に投げ出す。電車
は町の中を単調に走り続けて、見慣れた街の風景が流れては消えて
行った。


<振り返りコメント>
アンビバレントをどう言葉で表現するか?
 →「あーでもないこーでもない」という迷いよりは
  千々に引き裂かれる思い、という方がいいだろう。
  「行きたい」「行きたくない」とか、
  「会いたい」「会いたくない」とか。


・何に対する、アンビバレントなのか?
 →都電とか、その中で出会った光景に対する思いよりは、
  その会いに行く人に対するアンビバレントとすべき。
  その方が物語っぽくなる。


・そもそも、僕はどこに向かっているのか?
 (「ノルウェイの森」は置いといて)
 →ある人に会いに行こうとしている。

   
・それは誰か?どういう状況か?
 →折り合いの悪い義父や義母に頼みごとをするとか、
  このままつきあってると自分がダメになりそうな恋人だとか。
  →はっきり示さない、というのもありだろう。


・具体的な感情や思いを直接的に描かず、
 アンビバレントにならないか、トライする。
 水仙に託してみる。


・手法としては、「意識の流れ」ってやつを多少使ってみる。