記憶に焼きついて離れなくなった夢というものがある。
それがなぜそうなったのか、自分でも分からない。
僕はとある世界の中にいた。
そこには「夜」しかなかった。
いや、夜しかないのだから、朝も昼もないのかもしれない。
僕は「建物」の中で生活していた。
灰色のコンクリートの壁は腰の高さまで。それより上は枠組だけ。
窓はない。カーテンもない。ただ、枠組だけ。
だから、隣の部屋もその奥もずっと向こうまで見渡せる。
「建物」は上から見たならば、例えば、コの字型をしていた。
それは、そう、例えばとしか呼びようがない。
夢の中特有の感覚として、
僕はその「建物」の形状を直感的に先験的に捉えていた。
地面からは遠かった。
見上げるとはるか彼方まで「建物」は続いている。
そして真っ暗な空間が広がっている。
それは空ではなかった。
たぶん、闇でもない。
今思えばそこは、「無」だったのだろう。
そこに誰か他に住んでいたのか、それは覚えていない。
その夢の中でだけ親しい誰かがそこにいたのか。
僕は、一人きりだったような気がする。
だけど、そこに誰か他の人の存在を嗅ぎ取っていたように思う。
僕は、一人ではなかった。
寂しくて親密な、静かで寒々とした雰囲気がそこにはあった。
ほのかな明かりが、あちこちで灯されていた。
だからどの部屋もそれとなく明るかった。
その部屋には本棚があった。工作台があった。
僕はその部屋の中でその日一日を、永遠とも思える時間を過ごしていた。
僕は何をするわけでもなくその部屋の中にいる。
ただ時間だけが過ぎていく。
そこから出ていくことができない。
他の部屋に行きたい、他の部屋を知りたい、だけどそれはできない。
もう一人の自分はそんなことに退屈してしまっている。
そしてその「建物」のことを、その世界のことを即に知り尽くしている。
だからそれ以上何もすることがない。
僕はもう一人の自分に従う。
夢の中の時間を無為に過ごす。
遠くまで見通せる。部屋が連なる。
ほのかな明かりがそこにある。
僕に与えられた、小さな部屋。
・・・僕は目を覚ます。
朝になって、いつも通りの一日が始まる。
学生時代に見た夢なのか、それとも社会人になってからか。
どれだけ古い夢なのか今となっては思い出せない。
いつも通りの一日を過ごして、また眠りにつく。
そしてまた別の夢を見る。
その夢は、ありふれた夢。
すぐにも忘れてしまう。
記憶に焼きついて離れなくなった夢。
その一方で、日々は果てしなく続いていく。
これと言って、何の関係もなく。