悪魔と取引をする

悪魔と取引をする。
その存在に前から気付いてはいた。
黒尽くめの格好で尻尾や角があるとかそういうのではない。
気付いたとたん、とてつもない負の領域がそこにあるのを感じて寒気がした。
しかし同時に引き寄せられる。
ダースベイダーがフォースの暗黒面に落ちるというのも
こんな感じだったのだろうか。スケールが違うけれども。


その姿は僕そのものだった。
オフィス街の賑やかな交差点を渡っているときとか、視界の隅をサッと掠める。
向こうはこちらに視線を向けることも無く、すれ違い、通り過ぎていく。
その顔や体格というよりも、そのときの自分と同じ格好をしているので、あ、と思う。
全く同じコートを着ている人がいると。
そのときには既に視界から消えている。わざわざ振り向くまでも無い。
それが何回か続いた。1ヶ月の間に3・4回ぐらいか。


目が合うようになった。
僕はこんなどんよりした、疲れた目つきなのか。
木切れに腐った穴が開いたようだった。
悪魔というより、死霊と呼んだ方がイメージは近いかもしれない。
その目がすれ違うときに僕を、僕の方を見た。
思わずその目を見てしまった。
そのとき、そういうことか、となんだか納得するものがあった。
それ以来その顔が焼きついて離れなくなり、
四六時中そいつのことを考えずにはいられなくなった。


さらにまた何度かすれ違う。こちらを見ている。
立ち止まることすらあった。僕自身は怖くてそのまま通り過ぎる。
それがある日、こちらも一瞬立ち止まってしまった。
横断歩道の真ん中で。
お互いに自分を見つめた。
時間がとまったような瞬間があって、それが次の瞬間にはほどける。
その日はそれで立ち去った。


次の日、僕はわざわざそいつに会いに行く。
昼休みキョロキョロしながら何度も横断歩道を往復する。
なのにそいつは現れない。
諦めてそろそろオフィスに戻るか、と思った頃、突然目の前に立っていた。
また時間が止まった。
今度は永遠のようだった。この世界が完全に停止してしまっている。
彼は僕に向かって笑いかけた。腐った穴のような目で。
そして次の瞬間僕に向かって一歩足を踏み出し、
僕の中にスーッと入り込んだ。
僕はそいつを、取り込んだのか。


最初のうちは体が重くなったとかだるくなったとか、敏感になったけど、気のせいだった。
何も変わらなかった。だけど何かが大きく変わった。
それ以来そいつは現れない。
僕の中にいるのかもしれないし、僕の外にいて包み込んでいるのかもしれない。
これまでの日々とは決定的に異なる。
僕は何かをしなければ、と思う。
その焦燥感で今、いっぱいになっている。