2069年のコインロッカー

究極的に進んでいくと、スマホの中に、その向こうのネットの中に
その人の世みたい本があって、聞きたい音楽があって、それまでに撮った写真や動画があって、
何十年後かには具体的な形をもった私物というものは極端に減っているのかもしれない。
服も衣装ケースやクローゼットに保管するのではなく、
その日着る分をオンデマンドで配送されるとか、
スプレーで拭きつけられて服がコーティングされるとかそういうの。
オフィスで最近フリーアドレスが進んでいるのが、住宅でもそうなるかもしれない。
その人が所有するのは一定の広さのスペースをその時々で占有できる権利のみ。
カプセルホテルからリゾート地の豪邸まで金額に応じてその広さが変わるという。
その豪邸のシャンデリア、グラスのひとつひとつまでシェアサービス。
 
そのとき、一握りの形ある私物をコインロッカーのようなところに預ける。
そういう公共機関が増えていくだろう。
スマホの中にダウンロードした鍵をピッと当てて取り出す。
そんなコインロッカーが無数に並んでいる。
マイナンバーか何かと連動して、国民にひとつずつ割り当てられていく。
恐らく、裕福であればあるほど物を持たなくなって、
貧しければ貧しいほどガラクタのような物を抱えて捨てられないということになるだろう。
その方がはるかに安いから、ということで。
ネットの向こうにあるものを利用する権利はそんなに安くはならない。
 
その人の人生を生きる権利も金で買うようになるかもしれない。
もっと具体的に言うと、社会の中である役割や労務を担う権利とか、
ある種の思い出を記録・記憶する権利とか、
特定の人を友人・恋人などの社会的関係にあると主張してよい権利とか。
 
そんなとき、社会のひずみはこのコインロッカーに現れるのだと思う。
失踪した人物が意外なものを残していたとか、残していなかったとか。
世界一の大富豪から一転して全財産を失った人物が、
何十年も音信不通だった生みの親が、
突如表舞台から消えて数十年後に亡くなった国民的歌手が、
何十人もの乳幼児を殺して逮捕された医者が、…
そういう短編のシリーズが書けそうに思う。
漫画の方があってるかな。