鍋のしあわせ

金曜の新日本風土記は「鍋のしあわせ」
いくつか印象深い風景があった。
 
富山県氷見の猟師の妻がつくる鴨鍋。
妻は小さい頃猟師の父親に連れられて猟の手伝いをしていた。
大人になって町に住み山からは離れていたが、料理の男と出会って再婚。
また猟の手助けをするようになった。
鴨鍋をつくると猟師仲間に振舞う。
猟師の男は鴨肉は食べない。一羽につき一部しか取れない首の肉だけをもらう。
猟師だけが知る格別な味なのだという。
 
浅草のすき焼き屋を紹介して、
その流れで都内で最後の一軒だけになったねぎ専門の卸しへ。
すき焼き屋に卸すネギと焼き鳥屋に卸すネギは違うのだ。
彼の家でつくるすき焼きは俵型に切ったネギを鍋の端に立てて並べて、
割り下を吸って上の方にしみ出したのが食べごろだと。
あれはおいしそうだった。
 
沖縄の久米島のヤギ鍋。一家で祝い事のあったときに
ヤギ一頭で大鍋いっぱいにつくって近所の人たちに振舞う。
離婚後、6人の子どもたちを男で一つで育てた父親は
末娘の成人式を終えてヤギ鍋をつくる。
ヤギの肉にヤギの血と油をまぶすことで味わい深くする。
それだけだと臭みが強いので海辺で採れる長命草というせり科の葉を入れる。
 
青森県仏が浦村のタラのじゃっぱ汁
いつもは一人暮らしのおばあさんのところに年末になると孫たちが訪れて賑やかになる。
漁師たちは水揚げしたタラを村総出で仕分けして持ち帰る。
貨幣の代わりとなり、暮れの挨拶にはタラを1匹置いていく。
タラは足が早いのでおばあさんはその日のうちに捌く。
腹を裂き、子っこを出して肝臓を抜く。頭もザクっと割ってしまう。
子っこはそれだけで醤油で煮つける。これをご飯にかけるとおいしい。
孫たちは5杯、6杯、8杯とお代わりをする。
 
家に閉じこもりがちになるお年寄りたちに社交の場を、ということで
九州のお坊さんたちが集まってボランティアで「移動居酒屋」を開催している。
集会所で料理してお酒を振舞う。
ある男性は仮設住宅で暮らして4年、その間に定年退職を迎えて
趣味の尺八のこと以外では家の外に出ることも少なくなったと。
奥さんが心配している。
移動居酒屋で周りの人と飲んだり食べたりしているうちにその尺八の話になって、
だったら皆の前で披露してくれと。
部屋から尺八を持ってきて吹き始める。まずは「おてもやん
そしてもう一曲。
おばあさんたちが立ち上がって踊り出す。皆笑顔になる。
その先頭に立つのは、夫のことを心配していた奥さんだった。
 
他、鍋奉行を生業にしている男性、
ベトナムから難民として来て日本で何十年と住む中でつくる鍋など。
 
日本は鍋の国だな、と思う。
もちろんアジアにもヨーロッパにもあるけど。
ここまで生活に密着してそれが文化にまでなっているのは日本だけなんじゃないか。
その地方独特の食材と作り方があって。
鍋を囲むとき、湯気と共に和やかな雰囲気に包まれる。優しい気持ちになる。
 
一橋学園駅前の路地裏にある「一松」の白菜鍋を思い出す。
寮の飲み会となるといつもあの店で。
白菜と鶏肉だけの、だけどそれがどっさり入った鍋。
金の無い学生さんたちに腹いっぱい食べさせたいと。