私とあなたと、もう一人

小説も映画も、歌謡曲
私と、あなたと、彼や彼女や彼らといった第三者との
距離感や関係性のバリエーションやその変化でしかない。
思いがけない近さや遠さや交わりを見たい、
思いがけないものばかりだと食傷気味になるから
たまにはド・ストレートなものが見たい、ただそれだけ。
 
私と、あなたと、第三者
私も、あなたも、それ自身には性別を感じさせないのに、
(まあ「僕」という言い方もよく使うが、女性が「ボク」と言うこともある)
三者は明確に彼、彼女と分かれている。
英語もそうだ、"I", "you", "he" or "she"
まあ、複数形は "they" になってしまうけど。
 
これってなぜなんだろうな。
英語と日本語がたまたまそうだというだけで、
世界のいろんな言語を見てみると特に法則性はない、だったりするのか。
いや、ヨーロッパの言語は女性名詞、男性名詞があるから、
より明確に「私」や「あなた」の性別も言語学的に分かれているのか。
辺境の少数民族の言語がどうなっているか気になる。
 
世の中には単数の「私」はなく、常に複数の「私たち」を使う言語があるかもしれない。
「あなた」という概念のない言語があるかもしれない。
「私」も「あなた」もなく、自分も相手も「彼」や「彼女」で指す言葉だってあるかもしれない。
一人称、二人称、三人称という区別そのものが絶対的な物ではなく、
四人称、五人称を用いる言語があるかもしれない。
いや、それは我々のいる三次元の世界にはありえず、
時間の軸の加わった四次元の世界にて第四人称が用いられるのかもしれない。
 
私もあなたも存在せず、彼も彼女も彼らもいない。
そんな世界を想像してみる。
それは、誰もいない世界とは違う。