福岡1泊2日(2日目)

(昨日21日のこと)
 
疲れて早く寝たものの、何度も目を覚ます。
慣れない場所で1時間に一度ぐらい起きてトイレに行ったか。
 
7時起き。
ポットでお湯を沸かし、アメニティのインスタントコーヒーを入れる。
テレビをつける。九州が温かいのは今日まで。明日から寒くなるという。
 
8時前に部屋を出る。僕は一足先に空港へ。
妻は熊本へ。妻が新幹線の切符を買うのを見届けて
地下鉄に乗って空港へ。
博多駅前の筑紫口のロータリーに何台かバスが停まっていて、
ホテルの前がいくつかの日帰りバスツアーの集合場所になっていた。
とらふぐと書かれているのが見えた。
 
8時半前に、空港着。
8時営業開始のオシャレなフードコートでとんこつカレーなるものを食べるつもりだった。
しかし、コロナ禍の影響なのかいくつかの店が9時開店に。
うどん屋ですら9時。
仕方なくサンドイッチの店で黒豚カツサンドと卵サンドにする。
玉子サンドは持ったら玉子がむにゅッとはみ出るぐらいにたっぷり。うまい。
カツサンドはタルタルソースがかかっている。
これもまたよし、と食べていたら準備のできたうどん屋が9時を待たずに営業を始めた。
えー! だったら福岡のうどんを食べたかった。
 
食べ終えてお土産を買う。
青森の甥っ子にはチロリアンの福岡限定のものと、めんべい。
自分の食べるものとして「唐十」の鶏かわ串、めんべいの福岡醤油味、
「かば田」の辛子高菜。
辛子明太子やあごだしもあれこれ買いたかったがまたの機会にする。
 
保安検査場を抜けて出発を待つ。10:00ちょうど発。
日曜の朝、こちらの方が土曜の朝よりも機体が大きかった。
真ん中にも3列ある。
4連休の2日目、東京から来て帰る人もさることながら
福岡から東京に行く人が多い、ということなのか。
昨日同様、『最長片道切符の旅』『クマと闘ったヒト』を1章ずつ交互に読む。
機内の Wi-Fi が使えるので11時になって RADIKO で『Lazy Sunday』を聞こうとしたら
サービス提供エリア外と出た。さすがに雲の上だとダメだったか。
 
11時半、羽田着。
『Lazy Sunday』を聞きながら通路の端を歩いていたら
ガードレールのようなものの端のところに引っかかって昨日買った大相撲の紙袋が破けてしまった。
タイミングよく来たモノレールに乗って大門へ。大門もすぐ大江戸線が来た。
空いている地下鉄に乗って帰ってくる。
 
13時過ぎには家に着いた。
ペットシッターさんの報告書がダイニングテーブルに置いてある。
みみたはおりこうさんにしていたようだ。
荷物を片付け、洗濯。しかし、雨が降りそうで中に干す。
この日の大相撲、解説は何と白鵬
昨日の福岡国際センターにもいたのだろうか……
 
夜は鶏かわ串で缶ビールを飲む。
明日は仕事。打ち合わせも一つのみ、ほぼ開店休業だけど。
明後日は荻窪の床屋の後、妻を羽田に迎えに行く。

福岡1泊2日(1日目後半)

20日の続き)
 
福岡国際センターの入り口にはピンク、水色、黄色と目立つ色の幟が何本も立っている。
力士や部屋の後援会が贈ったもの。奥に進むほど番付が上がる。
入り口前にテントが立っていて北の富士カレーが売られていた。
もち吉の力水を一本無料で配っていたのをもらう。
中に入る。チラシの折り込みが配られる。取組表、星取表だった。
奥には賜杯チェコアラブ首長国連邦の優勝杯、
奈良県知事賞の宮崎県知事賞のトロフィーなどが飾られていた。
いくつか売店があって、その一つで妻が十一月場所の大型のパンフレットを買う。
別の売店で最近相撲に興味を持ち始めたという甥っ子のためにタオルを。
もう一つ、公式グッズを売る店なのかそちらは行列。
引退してまだ髷の残る力士が協会のジャンパーを着て会計をしていた。
(妻から名前を聞いたが思い出せず。豊……)
 
外にキッチンカーが店を出していたので行ってみる。
名古屋から来た店の塩ちゃんこを食べてみた。500円。
鶏の出汁が利いていてうまかった。
力士をかたどったかまぼこが一枚入っていた。
 
客席へ。
既に出来上がっているところで興行を行うのかと思いきや、
鉄骨でぎっしりと足場が組まれていた上に客席が設営されていた。
これを九州場所の度に見立てては片付けているのか。
途方もない作業量。恐らく一日では終わらないだろう。
 
僕らは途中で抜けるので後ろの方のイス席。向こう正面側。
僕の座った周りはガタイのいい無口な白人たちで、
恐らくどこかの米軍の基地から休みで来てみた兵士たちか。
日本の格闘技を見てみようと。
僕らが見始めた頃から十両の取り組み。
顎の負傷で三場所休んで今場所幕下で復帰した
明瀬山の取り組みには残念ながら間に合わず。
矢後と旭秀鵬、水戸龍と炎鵬、翠富士と白鷹山など。
上の席から見下ろす。
 
幕内力士の土俵入り、横綱照ノ富士の土俵入り。
照強と宝富士を従えて。
遠くからだったので小さいサイズにはなるけど生で見ることができてよかった。
正面奥の一番高いところに白い大きな箱が3つ並んでいて、前面がガラス張り。
時々灯りが付いて、あ、ここでテレビの解説の収録をしているのかと。
仮設スタジオとでもいうか。
これ、ずっと灯りが付いているのではなくてテレビに映すときだけなんだな。
確かに付けっぱなしだと明るすぎて向こう正面側からだと気になってしまう。
なるほどなあ。
脇の小さいブースは恐らくラジオか。
僕ら側のイス席の端にちょことんとあるのは向こう正面の解説か。
今日は舞の海だという。離れて座っていた妻の目の前を通ったと。
 
幕内になると懸賞が出る。
これ、〇〇の永谷園、××の永谷園、△△の永谷園
会場アナウンスが全部読み上げてるんですね。
思いっきり広告なのでNHKの中継ではカットしてるんだな。初めて知った。
(配られた取組表の中に全文載っていた)
土俵入りの後、幕の内の取り組みの前は土俵にマイクが立って
行司が次の日の取り組みを読み上げる。
これもテレビだとアナウンサーと解説がその日の見所や優勝の行方、
引退した力士の名勝負を振り返るといった時間になっている。
 
幕内になると観客も増え、取り組みの緊張感がだいぶ変わる。
16時半前、僕らは天空海魁聖松鳳山と千代の国、輝と佐田の海
三番を見て会場を後にした。
どれも見どころのある、粘りのある取組だった。
 
ドリカムへ。歩いて5分ぐらいか。17時開演と早い。
「MySOS」というアプリに体温と症状を毎日記録することになっていて、
それを見せるためのゲートがある。
でもなんかおざなりな感じで。慌ててダウンロードして適当に入力している人とか。
意味あったのかなあと思う。
 
今回はアリーナ席後方の席だった。
客席はひとつ空けて座ることになっていてゆったりしていてよかった。
荷物も置ける。
17時になったら暗くなってすぐ始まった。
『Acoustic風味LIVE 総仕上げの夕べ 2021-2022』ということで
コロナ感染対策で密なリハーサルも行えないと最小限のメンバー。
バックはアコースティックギター2人と、ピアノ、DJ、コンピューターという編成。
今回は中村さんがいつにもましてよく喋るなあと思っていたら
会場のドアを開けて換気を行うための時間だった。
 
いきなり「何度でも」で始まるも、その後僕の知らない曲ばかり。
前半から中盤にかけて知ってたのは「星空が映る海」「やさしいキスをして」ぐらい。
レパートリーが多すぎるということだな。
妻にとっては最近聞くことのできない曲をたくさんやってくれてよかったと。
終盤、「あなたとトゥラッタッタ」「G」「YES AND NO」「さぁ鐘を鳴らせ」「その先へ」という展開。
アンコールで新曲の「次のせーので」「サンキュ」「うれしい!たのしい!大好き!」
今思うと「やさしいキスをして」「その先へ」をやったのは
昨年の『DOSCO PRIME』に収録されていたからだな。
昨年、本当ならこのアルバムのツアーを行うはずがコロナ禍で断念。
オンラインイベントという形で開催された。
最後の「うれしい!たのしい!大好き!」ではサイネージを二つ並べて
ドリクマ、ワルクマも躍らせた。
 
19時過ぎに終わってまた博多駅まで歩いていく。
シャトルバスも行列だろうか、と思っていたんだけど
歩いていると後ろから博多駅行きの市営バスがバンバン来る。
それに乗って行くこともできた。
大規模なコンサート会場もアクセスがいい。
どんだけ福岡は住みやすいんだ、と改めて思う。
 
20時過ぎ、ホテルでチェックイン。
客室と宴会場の間の階に宿泊者用のガーデンがあるというので行ってみる。
ゆったりとしたソファーにプール、観葉植物のラグジュアリーな空間。
シックなクリスマスツリーが真ん中に飾られていた。
駅が近いのに町の喧騒も聞こえない。
予約者向けにディナーとアルコールも提供するという。
これ、意外なところに隠れ家を見つけた気分。
気の利いた使い方ができてなかなかいいんじゃないか。
入り口に置いてあった生ビールとナッツの缶詰の販売機で買って静かな時間を過ごした。
 
ホテルを出てまた反対側へ。
博多口前の広場でクリスマスマーケット。
ホットワイン、ステンドグラス、マトリョーシカ
ポーランドの皿、糸島野菜のドレッシングといろんな店が出ていた。
ステージではギターを抱えた若者二人のライヴ。
賑わってる、というよりものすごく密だった。ちょっと怖くなるぐらいの。大丈夫かな。
楽しいことはいいことだけど。
 
昨晩予約したもつ鍋屋へ。
ダメもとで電話したら「越後屋」というところが予約できた。
21時に空くので21時過ぎならいいですよと。
京風なのだという。白みそのもつ鍋に一品料理二品のついたコースにして飲み放題。
この二品というのがセンマイ刺しと炙りハツ刺しでどちらもいける。
もつ鍋もいやー、余ったスープを魔法瓶に詰めて東京に持って帰りたいぐらい。
モツも野菜も追加して腹いっぱいになるまで食べた。
次回福岡来た時もここでいい、というぐらいうまかった。
それで一人6,000円チョイかな。安かった。
 
23時過ぎ、まっすぐホテルに帰る。シャワーを浴びる。
飲み放題でジンサワーとか赤ワインのハイボールとかがぶがぶ飲んだので
もうそれ以上飲めず、疲れも出てさっさと布団に入って寝た。
ペットシッターさんからの報告メールを妻に転送してもらう。
みみたも元気にしていたようだ。

福岡1泊2日(1日目前半)

前の晩は23時半、『おんな酒場放浪記』を2本見たところで布団に入った。
5時起き。玄関に台を置いて除菌スプレーやウエットティッシュを並べたりと
ペットシッターさんを迎える準備をする。
みみたには猫缶を。なんでこんな時間に? ときょとんとしている。
6時前に家を出た。ようやく夜が明け始める。
 
大江戸線に乗る。今回の旅本は
中島らも『クマと闘ったヒト』
どちらも面白いな。時間を忘れて読むことができる。
前者は6・7年前に読んだのを文庫で買い直して、再読。
後者はミスター・ヒトへのインタビュー。プロレスの裏話の連発。
 
大門に着いてモノレールに乗り換えようとしたら
荷物を抱えた人たちが皆、浅草線の方に流れていく。
ちょうどよく羽田空港行きが来た。
先日千葉ニュータウンに行った時もそうだったけど
京成線、京急線の車両は座席シートの真ん中が荷物置き場になっていて
混雑している時は前に倒して座ることができる。
空港に着いて立ち上がったら座席がバネでピョンと跳ね上がった。
 
7時半。多くの店がまだ開店前。
フードコートも暗いがよく見ると座席に座って休んでいる人たちがチラホラと。
エスカレーターに乗って保安検査場の前まで来るとかなり混雑している。
行列が何重にも折り返している。
福岡行きの出発は 08:55 でまだ時間があるけど早めに僕も並ぶ。
頭上の時刻表を見るとことごとく満席。
月曜も休めば緊急事態宣言解除後の連休。
僕もそうだけど皆、あちこちに出かけるのだろう。
 
通過して搭乗口へ。
軽食の店の前を通りがかったら春木屋のラーメンを出す、という店があった。
思わず食べそうになる。空港は誘惑が多い。
機内へ。満席だけど機体は小さい。右3列、左2列の。
今回は窓際にしてみた。
しかし翼の真横。スッと伸びてかっこいいが、景色は見れず。
 
11時前に空港到着。地下鉄に乗って2駅で博多駅
このアクセスの良さ、ほんと素晴らしい。住みやすい。
昼は駅ビル、アミュプラザの10階の店でもつ鍋を食べるつもりだった。
7階にタワレコがあるので1枚買って、解説を読みながら生ビール。
タワレコそのものは大きくなくスカスカでアイドル、韓流中心。
光が丘の店を大きくしたような。
洋楽の品ぞろえはあまりパッとせず、残念。
Kiss 『Destroyer』(当時の邦題は『地獄の軍団』)の
45周年記念のデラックス・エディションが昨日出たばかりでそれを買うことにした。
 
10階へ。エスカレーターがさっきからいっぱいだなあ、途切れないなあ
と思いながら上がってみたらめぼしい店は既に満席で行列。
目当てのもつ鍋の店も。
もつ鍋だと二巡目に入るのも時間がかかるだろうなあと断念。
水炊きの店に空きがあってそちらにした。
順番に具材を入れて行って時間をかけて鍋を食べることもできるし、
ランチだと出来上がったのを御膳で、というのも可能。
その御膳にしてみた。
鶏皮ポン酢を追加して生ビール。
御膳は唐揚げやもずく酢などがついていた。
最初に水炊きのスープを。コラーゲンたっぷり。
鍋には鶏むね肉、もも肉、つみれ。
酢醤油に紅葉おろし、柚子胡椒を入れる。
水炊きをちゃんとした形で食べたのはこれが初めてかもしれない。
周りを見渡したら結構若い人が食べに来てた。
 
熊本から新幹線に乗ってくる妻と13時に待ち合わせ。
屋上庭園があるというので上ってみる。
子供向けのSLが走っていて線路が引かれている。
スケボー教室も開催されていた。
さらに階段を上って展望台へ。
港が近いから海が見えるかと思いきや、そこまで近くはないようだ。
この日の最高気温は20℃越えで汗ばむぐらいだった。
 
1階に下りて土産物屋が集まっているエリアを覗く。
母に電話して辛子高菜は食べるか、明太子は大丈夫かと聞く。
「ひよこ」や「めんべい」の博多限定のネギ味を買う。
 
妻と落ち合って、予約していたビジネスホテルへ。
駅の筑紫口からすぐ近く。
チェックインの時間がまだだったので荷物だけ預ける。
 
駅に戻り反対側の博多口へ。
大相撲九州場所の福岡国際センターと
ドリカムのマリンメッセ福岡は港の方へ、歩いて30分。
地下鉄が延びているのかと思いきや途中の呉服町まで。
道は大通りをまっすぐ、天気がいいから歩いていくことにする。
妻が熊本駅で買ってきてくれたヒライのちくわサラダを一本食べる。
 
実際には30分ぐらいもかからなかったか。すぐ着いた。
福岡国際センターの隣のホールにも行列ができていて、
なんだろうと妻が調べるとエレカシ宮本浩次のコンサートだった。

サバイバー認定

経過観察のため、若松河田の大学病院へ。
8時に着いて採血をして、エコーを受けて。
9時半には診察。
いつも通りコレステロールが高かったが、
術後としては特に問題なし。
 
これで手術より5年経過した。晴れてサバイバーとなる。
癌かというと違うし、悪性かというと判定つかず、だったけど。
今年は半年に一度の検査だったのが、来年から年に一度となる。
その予約をする。来年のこの時期。忘れてしまいそうな。
 
思えば、手術後しばらくは毎月の経過観察だった。
CTスキャンとエコーを交互に。
それが3年目から3カ月に一度と間隔が空いて。
その間ずっと、その可能性が高いからと
主に肝臓に転移していないかを見ていた。
 
5年間無事だったのは悪性ではなかったのかもしれないし、
悪性だったけどその後たまたま何も起きなかったのかもしれない。
今となっては分からず。
たぶん前者だったのだろう、というだけ。
一度こういう経験をしたから
次はもう癌やそれに類する病気になることもない、
という保証もない。
 
会社の健康診断ではどうだったかと聞かれて高血圧のことを伝えるが、
それは町のかかりつけの病院で診てほしいとなる。
ここはあくまで外科であって、以前の手術に関することを扱うのみ。
それはそうかと思う。一応、カルテには書いてもらう。
 
次は一年後にCTスキャンとなるんだけど
同意書を持ってくるのを忘れそうな気がしてて
1階の検査説明の部屋に寄って行って同意書を預けてくる。
何度も受けているのでこれまでは寄らず、直接当日持って行っていた。
造影剤を使うけどいいですよね、という同意書。
 
終わって、新宿まで歩いていく。
今回は曙橋のコリアンタウンを抜けていく。
10:30 富久町の交差点。
先日妻と訪れた「コバヤ」で昼をと思うが、調べてみたら開店が昼前だった。
そのまま歩き続けて伊勢丹に入る。
明日の福岡遠征で頼むペットシッターの方に向けてお礼のお菓子を買う。
軽くてかさばらないものを、とクリスマス仕様のウェハース。
 
そういえば給料日だったな、荻窪に住んでいた独身の頃、
給料日の後はよく駅前の「ねぎし」でシチュー定食を食べていたな、と思い出す。
荻窪の駅前になくなったせいか、最近ねぎしを見かけないなと思う。
サンロードの中にまだあったなと地下街に入って根岸を見つけて食べた。
牛タンは原価が3倍になったため値上げします、とお詫びの案内が席に置いてある。
豚肉や牛肉の味噌漬けを焼いた定食にシチューを追加する。
麦飯にトロロ。まあボチボチ健康だからと麦飯をお替りした。
今、麦飯はボタンを押すと出てくるんですね。
最近チェーン店の定食屋でよく見るけど。
久しぶりのねぎしはうまかったな。
 
帰ってきて午後は仕事。
サバイバーになっても何が変わるわけでもなく。
その何も変わらないというところをありがたく思う。
 

週末、福岡へ

この土日は2年ぶりのドリカム遠征で福岡へ。
妻は前後休みを取って九州で長く過ごすが、僕は仕事のこともあって1泊2日。
いくらペットシッターが来てくれるとはいえ、
寂しがり屋のみみたを家に一匹置いとくのもかわいそうだしと。
 
本当はドリカムのツアーとしては9月後半の幕張メッセも当選していた。
しかし緊急事態宣言が続いていたのでキャンセルとなってしまった。
今回の福岡も iPhone に「MySOS」というアプリを入れて、
ここに開催日の3日前から体温と症状なしを記録しないといけなくなった。
 
コンサート会場はマリンメッセ福岡。
それまで別々に過ごして合流のはずが、ふと気づく。
九州場所やってるよねと。
しかも福岡国際センターは目と鼻の近く。
試しにチケットぴあのサイトを見てみたら
升席も椅子席もA席・B席ならば空いていた。
さすがにS席は売り切れ。
じゃあとチケットを取ってみた。
二人並んだ席ではなくてだいぶ離れてしまったが。
 
コンサートが15時半開場で17時開演なので全部は見れない。
16時前、幕内の土俵入りぐらいまでか。
でもこの機会なので是非見てみたい。
もちろんまだまだ飲食は禁止。
 
それまでは福岡の中古CD屋を回ろうかなと考えていた。
amazon で買う時に名前をよく見かける店がいくつかある。
「グルーヴィン」とか。一度行ってみたいと思っていた。
でもまたの機会になるかな。
朝5時起きで6時には家を出て、9時前に羽田発。
11時に福岡に着く。博多駅の駅ビルでもつ鍋を食べる。
そのまままっすぐ、マリンメッセ方面へ。
早ければ14時ぐらいから幕下の取り組みを見ることになるか。
 
コンサートが終わって、また博多駅の方に戻ってくる。
夜ももつ鍋の予定。店空いてるかな。
朝はまた早起きで東京に戻る。
11時半羽田着。
 
22日の月曜は普通に仕事、
23日の祝日は荻窪の床屋に行ってその後羽田に妻を迎えに行く予定。

久しぶりの集合研修

昨日は社外の研修。
1カ月の間に半日ずつ3回、というメニュー。
最初の2回は ZOOM で、だったけど
3回目は緊急事態宣言の解除を受けて集合でと変更になった。
前後に打合せ入れてたのになあ、めんどくさいなあと思った。
でも実際会ってグループワークを行うとそれはそれで楽しいものであって。
だったら最初から対面にしてほしかったなあと。
こういうのもコロナ禍ならではか。
 
大手町の貸会議室で開催。
早めに出て日本橋ますたにラーメンで食べる。
調べたら「たいめいけん」の向かいから穴子の「玉ゐ」の裏に移動していた。
気が付くと高島屋もだいぶ様変わりしている。
20年前、僕が新入社員だった頃にはもっと普通のデパート然としていた。
その頃よく、このますたにで食べたな。
11時過ぎでほぼ満席、食べ終わる頃には行列になっていた。
 
時間が少しあったので八重洲から大手町の地下街をぶらぶらと歩く。
今から5年以上前、神保町に常駐していた時に朝晩歩いた道を辿ってみる。
人気があるのか、案外店のラインナップがあんまり変わっていない。
ここはどうかな、と思うところはだいたい入れ替わっていた。  
昼休みとも会って人通りは結構あった。
コロナ前とそんなに変わってないんじゃないか。
 
5年前はいつも同じビルの地下道を歩いていた。
会場となったビルは初めて行く場所でやはり地下道から行くことができる。
えー、こんなところに道があったのか。
地下ゆえに階段のアップダウンもあって。迷路のようだった。
新宿の地下道も広いが、大手町もなかなかのものだな。
日比谷の方まで歩いていけるし。
これ実は皇居の中までつながってんじゃないか……
 
研修の会場へ。
何も考えずにいつものジーパンにトレーナー、スニーカーにちょっと羽織って
財布と iPhone と地下鉄の中で読む本を鞄に詰めてきたら
周りは皆スーツで名刺交換が始まった。しまった。
名刺交換なんてもう2年以上してないから思い出しもしなかった。
しかも僕以外皆、ノートPCを持ってきていた。
言われなくてもそれが普通か。
僕はどんだけリモートワークボケしてたのか。
 
17時に終わってとんぼ返り。
懇親会もあったのに、18時から打ち合わせありで。
丸ノ内線西武線大江戸線と乗り継いで。
駅に着いた頃に開始、会社携帯を ZOOM でつないで歩きながら聞く。
ところどころ発言する。
セブンイレブンに寄ってタワレコでオーダーしたCDを受け取ろうとしたら
2個届いていて、どうしますか? どちらですか? と初老の男性の店員が何度も。
それどころじゃないのになあ、と受け答えしていたら
それが聞こえていたみたいで、 ZOOM の向こうから、
「岡村さん、どこにいるんですか」と。
なんともバタバタだった。
 
20年前の新人の頃には思いもよらなかった形で仕事をするようになったものだ。
 

先週買ったCD #57:2021/11/08-2021/11/14

2021/11/08: www.amazon.co.jp
Joan Baez 「In Concert」 \699
 
2021/11/09: ヤフオク
Vanessa Carlton 「Harmonium」 \472
 
2021/11/09: www.amazon.co.jp
Joan Baez 「the essential Joan Baez form the heart - live」 \680
 
2021/11/10: www.amazon.co.jp
(Soundtracks) 「Judgment Night」 \538
 
2021/11/10: www.hmv.co.jp
ズボンズ 「B★B★B」 \198
Cypress Hill 「Live at the Fillmore」 \297
N.W.A「Straight Outta Compton」 \891
No Doubt 「Rock Steady」 \1650
 
2021/11/11: tower.jp
チャットモンチー 「You More Forever Edition」 (\3740)
Larkin Poe & Nu Deco Ensemble 「Paint The Roses」 (\1701)
タワレコのポイントで
 
2021/11/11: www.amazon.co.jp
i am robot and proud 「uphill city」 \30
 
2021/11/12: diskunion.net
Body Count 「Body Count」 \2200
 
2021/11/13: www.amazon.co.jp
Joan Baez 「In Conert Part 2」 \1301
 
2021/11/14: diskunion.net
Beyonds 「940312」 \1200

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Joan Baez 「In Concert」
 
アメリカのフォークソングの歴史について書かれた新書を読み始めた。
いわゆる四畳半的な日本的イメージのフォークソングというよりも
大衆に歌い継がれた歌としての。
最初の章はウディ・ガスリーピート・シーガーボブ・ディランの3人を取り上げる。
先駆者、普及者、再興者、ということになるだろうか。
ボブ・ディランがフォークからフォークロックに転換したステージが
当時どんなにセンセーショナルで冒涜的な出来事であったか、といった話など。
同世代のミュージシャンとしてジョーン・バエズにも言及される。
実際、60年代前半には恋仲の二人だった。
破局後もミュージシャンとしての交流は続いて
有名な1975年のローリング・サンダー・レビューにも
アレン・ギンズバーグやロジャー・マッギンらと共に参加している。
 
しかし、『フォークの女王』といった感じで名前はよく聞くのに
ジョーン・バエズの歌うのをちゃんと聞いたことないな、と気づく。
ボブ・ディランと共演した音源もいくつかある。
今手元にあるものを確認したら例えば、
ブートレッグシリーズの vol.6 1964年の「At Philharmonic Hall」がそうだった。
 
彼女自身が作詞作曲して歌う曲は少なく、
トラディショナルなフォークソング
それこそボブ・ディランなどのカバーのイメージが強い。
本棚に女性シンガーソングライターのガイドブックが3冊あったので
手に取ってみたが、その名はなかった。
ジョニ・ミッチェルキャロル・キングよりも登場が早かったからなのか。
 
1941年に生まれ、今年80歳。
ライヴアルバムや編集盤も合わせて、最低でも50枚以上のアルバムがある。
どこから聞くべきか?
こんなときはジャケットから選ぶ。
活動初期の1960年の「In Concert」と
1976年頃の「the essential Joan Baez form the heart - live」の2枚とした。
前者は黒を背景に横顔だけ。
後者はアコースティックギターを抱えて歌う姿。
(昔よく見かけた『スーパー・ナイス・プライス1400』のシリーズの1枚で、
 帯にはタイトルがなく「ジョーン・バエズ」とだけある)
 
「In Concert」を先に聞いた。
ジャケットに記載があるのは曲名と作曲者だけ。
いつどこの演奏なのか詳細は分からず。
ジョーン・バエズがギターを弾きながら歌う。
歌い終えると拍手が入るので確かにこれはコンサートで収録したのだろう。
1曲目は後に Led Zeppelin で有名になる”Baby, I Gonna Leave You”
あからさまなブルーズというよりはバラッドに近いか。
ナイフを研ぎ澄ましていくような冷たさがある。
後半、ウディ・ガスリーの”Pretty Boy Floyd”など。
クレジットを見ると自作の曲が半分か。
(いや、もしかしたらジョーン・バエズと書かれたのは
 トラディショナルで、編曲が彼女なのか。そんな気がする)
 
この歌と演奏が想像していた以上に素晴らしかった。
何度も繰り返し聞いた。
まだファンクもパンクもサイケデリックもなかった時代。
ロックですら遠かった。
ジャンルやカテゴリーの細分化を受けることのなかった、
ただ、歌としか呼びようのないもの。
知っている曲を、歌いたい歌を、皆の聞きたがっている歌を
ギターを弾きながら歌う。それだけ。聴衆と合唱が生まれる瞬間もある。
ありのままの音楽。なんと清々しいのだろう。
その純粋無垢の美しさに心洗われる。
後世の商品化された音楽が
どんなに余計な知識や情報で手垢まみれになっているかよくわかった。
 
「In Concert」に比べると
「the essential Joan Baez form the heart - live」は普通になってしまった。
バックにバンドが付いてありふれたフォークロックに絡めとられている。
The Band の”The Night They Drove Old Dixie Town”に始まって
Amazing Grace”の独唱、
ボブ・ディランの曲は”Forever Young”に”Blowing in the Wind”などと
大変馴染みのある選曲ではあるけれど。
 
この歌声に影響された人は多いだろうな。
男性がボブ・ディランなら、女性はジョーン・バエズ
「In Concert」は後続のあらゆる女性ロックシンガーの始まりにあって、
その究極にも近い。