フィクション

坂道

駅を出て坂道を上り、近くの中学校と小学校の側を通って十五分かけて帰ってくる。 鞄から鍵を取り出して開ける。靴を脱いで真っ暗な中に入っていく。 無言のまま廊下からダイニングキッチンへ。明かりをつける。 テーブルの上は朝、妻が広げた新聞とマグカッ…

虹を見たかい?

「にじはね、そらにね、はしがかかってるの! わたしね、あるいてみたい!」 小さい頃、そんなことを言っていた女の子がいた。 幼稚園だったのか。家の近所だったのか。 今となっては名前も顔も思い出せない。 肩までの黒い髪をお下げにしていたことだけを覚…

流しの引っ越し屋

この前の週末、引っ越し業者の営業の若者が見積もりに来て ひとしきり検分して帰って行った。 世の中はこういう大手のところだけではなくて 家族でやっているような小さなところだってあるだろう、 いや、流しの引っ越し屋があってもいいんじゃないか、 って…

Q体

赤に青に緑、白、黄色。今朝はやけに多いな。 今までで最大級のが東京湾上空に浮かんでるとニュースでやってた。 ぶつかったらどれぐらいの爆発になるんだろ。 誘導するのにヘリが何十台も出動したり、すごいことになっていた。 あ、あー、赤と青が近づいて…

fragments

太い音の後で船が岸を離れた。 一番安い船室は足の踏み場もなかった。 僕は通路の隅に空いているところを見つけると膝を抱えて座り込み、 ザックから毛布を取り出して包まって全身を覆った。 寒かった。震えた。顔をわずかに上げると雪が降っていた。 エンジ…

移動遊園地

夏になると海辺に移動遊園地が来る。 僕はその日が来ると町の外れでトラックが来るのをソワソワと待って 友だちと後を追いかけ、彼らが広場にメリーゴーランドや射的の小屋を組み立て、 サーカスのテントを広げるのをずっと飽きもせず眺めていたものだった。…

反物語

船旅が続いている。毎朝違う部屋で目を覚ます。 地面が絶えず横にうねるように揺れている。 だからここは海の上なのだと思う。 周りでは見知らぬ人たちが見知らぬ言葉を話している。 「ここは海の上ですか?」と聞いても 首を振るばかりで誰も答えてはくれな…

呼吸

夢の中に落ちてゆくとそこは青い海となって 魚たちの泳ぐ間を私はスーッと手を伸ばして砂の地面に向かって泳いでいく。 降り立つと真っ白な巻き貝を拾い上げてまた海面へと戻る。 ゆらゆらと降り注ぐ日差しが眩しい。 突き破って私は顔を出す。ゆっくりと大…

日曜の午後

日曜の午後。そう、日曜の午後だった。 夜勤から帰ってきて寝ていたところを娘に起こされる。 動物園に行きたいのだという。 この日は妻も休みだったから、3人で出かけることにした。 4月とはいえまだ肌寒い日だったから上に薄手のコートを羽織った。 娘を…

新しいスタート

新年度スタート。 今日の朝、東京駅から神保町まで歩いている間にも 新入社員らしき若者たちが集まってモジモジとしていた。 これから一緒に出社するのだろう。 僕も今日、少しばかり新しいスタートを迎えた。 昨日付で新卒依頼15年働いてきた×××社を辞めて …

真夜中のクレーン

あるとき、会社からの帰り道、住宅街の暗い中を歩いていたら 左手にクレーンが2基、家々の向こうににゅっと突き出ているのに気づいた。 それぞれ少し離れたところで静止している。 オレンジと白の鉄骨。先端部分が赤くじんわりとした光を放っている。 いつ…

「われら動物園の子どもたち」(仮)

冒頭の部分を書いてみる。 - 動物園の夢を見る。 私は知らない町を歩いている。 いや、私はその町のことを知っている。 空は灰色に曇っていて、凍えそうなぐらい寒い。 私はコートの襟を立てて歩いている。 その夢を見るときは、いつも同じ動物園だ。 私はひ…

夏至祭り

夏の終わりが近づいて、 手元に残された数少ない写真の群れを焼き捨てることにした。 これも最後かと割れた窓以外何もない部屋でひとり密かにめくっていたとき、 夏至祭りの色褪せた写真が出てきた。 その「村」には十一の年まで住んでいた。 「大逆行」にて…

月舟町の言い伝え

ひいおじいさんのひいおじいさんのひいおじいさんの さらにそれよりも前のこと。 満月の夜、浜辺に小さな舟が打ち寄せられていた。 真新しい木でつくられていて、月の光を浴びて真っ白に輝いていた。 どこからか聞こえてくる笛の音に引き寄せられた子どもた…

次回作

ここ1年取り組んでいた原稿ももう少ししたら世に出そうで、 ひと段落着いてようやく自分の作品を。 何となく見えてきた。こんな感じ。 書く時間を捻出しなければ。 東京で働いていた「僕」は40代を前にしてふと会社を辞め、 なんとはなしに旅に出る。あても…

何かの終わりの部分だけ書いてみる

人生が旅に例えられるのなら、日々の暮らしも小さな旅になるんじゃないか。 私はそんなふうに思って生きていくことにした。 毎日同じ駅で下りる電車も違う一日へと連れて行く。 同じ日が繰り返されるなんて、ありえない。 私だけのささやかな幸福とはいえ探…

「微熱」

時々「人類」のことを思う。僕やあなたが属している、人類。 あてもなく、ぼんやりと。 ベランダに出て煙草を吸いながら。東京の夜景を眺めながら。 妻が寝込んでこれで3日になる。会社も休んでいる。 女性だからというわけでもないが、 僕の身の回りでは誰…

「砂鉄」

友達の家でゆるいパーティー。 朝まで飲むことになって気がついたら眠っていた。 夜更けに目を覚ますと部屋の中は暗くなっていて、 隅の方で知らない二人がキスをしていた。 私は寝ぼけたフリをして立ち上がりわざとヨロヨロ歩いて その辺にあったサンダルを…

「流刑」

こんにちは。お元気ですか。 前にも書きましたが、お返事は特に期待していません。 この前つい送ってしまったおせっかいな手紙が あなたの元に届いたのかどうか分からないのですが わたしの元に戻ってくることはありませんでした。 だから少なくとも封筒だけ…

「夏休み、1999」

一応、ドアをノックしてみた。最初は軽く、トントンと。次に強く、ドンドンと。 「キョ…」と言い出しかけてやめた。なんだか揉め事を抱えてるみたいでヤだった。 日差しが眩しい。後ろに下がるとうなじに当たった。そのまま空を見上げた。 階段を上って2階…

「Division」

”彼”が目を覚ましたのを感じた。 僕の頭の中に空洞が開いた。 彼の呼吸に合わせてフイゴのように軋んで、情報の残骸が突き抜けていった。 「オハヨウ」 今日は”彼女”が側にいるみたいだ。喜んでいる。笑い声が聞こえる。 彼は意識を遠くに向けて、僕の心の中…

青空神話体系

その国では死者の魂は虹の中に暮らすという。 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。 生前の行いに応じて七つの色に振り分けられる。 地上に残された者たちが彼らに会いたくなったとき、 雨が降ることを願う。 雨上がりの束の間、あの赤い色がそうなんだ、と思う。 …

青い犬

小さい頃、隣に住んでいた女の子は犬を飼っていた。 青い色をしていた。毛も瞳も、歯も、全てが青色。 生まれつきだった。 あの頃は緑色の犬や黄色の犬もいたから、珍しいことではなかった。 女の子の名前はメイと言った。男の子として育てられた。 両親がそ…

中華屋

近くの中華屋に入った。 何年も暮らしていて、それまで入ったことがなかった。 デリバリーがメインで、中で食べることもできるという安っぽい中華。 バイトが原付で出払ってることはあっても 中で食べてる客はほとんど見かけたことがなかった。 メニューが定…

テープ

知人の紹介で、ある年配の方の若い頃の体験談を聞き書きすることになった。 隔週の土曜、電車を乗り継いで片道2時間かけてその人の家を訪れる。 小型のテープレコーダーに録音する。 60分テープを2本。毎回2時間と決めている。 朝は7時に起きて8時に電…

手紙

**さん こんばんは。岡村です。 僕の父は僕が小学校一年生のときに亡くなりました。7歳ですか ね。3月の春休みのことでした。その頃は下北半島の外れにある、 むつ市に住んでいました。 その日はいつも通りの一日でした。夕方、電話が掛かってきまし た…

火災放置機

火災放置機の取扱説明書。 ・安全な場所でのご使用はお控えください。 ・また、小学生以下の児童がひとりで使用してはいけません。 ・左から三番目の赤いボタンを押した後は上から七番目の青いボタンを、そして、 右から六番目の白いボタンと下から九番目の…

ベケット風の作品を書こうと思って失敗です、すいません

電話が鳴っている。誰からなのか分かっている。だから出ない。 そのまま鳴り続ける。諦めてくれない。出たら負けだ。 逃げているわけではない。話したいと思わないだけ。 なのにそういう人たちばかり、次から次に電話をかけてくる。 電話を鳴りっぱなしにし…

翼をください

2013/4/11 全世界で流星群が目撃される。 その10ヶ月後、世界中で翼を持った子供たちが生まれる。 例外はなし。 人類は否応なしに新しい「進化」を迎えて、新人と旧人に分かれた。 16年後。2029年。数ヶ月の差で 彼女には翼があった。彼には翼がなかった。 …

ボツ案1

自分一人にだけ届いている新聞があるとしたら。 とある地方に引っ越して、古びたアパートへ。 荷解きをしていたらドアをノックする音がして 出てみると新聞の勧誘。自分と同い年ぐらいの男。 見たことも聞いたこともない新聞。 まあ地方紙なのだろうと疑いも…